デジタルネイティブは昭和のオッサン世代より多くの情報に触れているぶん知能が高く仕事もできる、というとんでもねぇ話をしていた大口叩くブロガー(IT経営者、正体はただの電話売り店長、のちに消滅)がいた気がするが、そうでもないことはもはや目の前の世界を見てのとおりであるとしか言いようがない。

 

たとえばこれは私が初めから首突っ込んで片棒担いできた世界だから言うわけでもないが、シンギュラリティが来るぞ、人工知能の時代だぞ、そこに関わらない人たちは仕事を無くすぞ、お前らわかってる?俺は大丈夫だけど。と、声高に叫びたい人たちがいて、そういうことを言う人たちに限って実のところ人工知能とはどういうもので今どの段階に来ているかまるでわかっていない。

 

わかっていないのに、どういうわけか自分たちが未来の究極の格差社会ホモ・デウスの世界で搾取する側・役に立つ側に行けると思っている。たぶん今の段階でその程度なのだから壊滅的に無理だと思う。(まぁそんな世界は来ないと私は思うけどね)

 

たとえば、寿司職人なんか要らねぇよ修行なんて無駄無駄と言っていた人がなぜか美味しい餃子を食べに行ってマスクかけるかけないでひと悶着起こしたり、昼飯には一番高いうな重食えよ、と矛盾することを言ってい記事を見た気がするけど、食い物の世界はもちろん、航空産業においてもロケットに限らず最終的な検品というのは人(職工)の目と手によるところが多い。なぜ人間を使うかと言えば簡単で、現段階で人間以上の精密機械がないから。いまだ人間を超えるセンサーを持つロボットが作れないから。今後出来たとしても生物ほどの融通が利くかどうかは怪しいものだと思う。

 

こんなふうにSNSの情報というのは、スイカの皮(情報の表層)をなめてその味をわかったつもりで語るがごとき話ばかりであって、およそ真剣に聞いてやる義理もない気がする。

 

SNSにあふれる屁理屈まみれの小難しい寝言についていえば、なんだコレあはは。ぐらいに楽しんでおかないと、発信者に同調して人を見下して笑っているつもりでも、じつは嗤われているというハメになる気がする。