まぁネタ元が大紀元だったりするのがアレですが。
天国と地獄 瞑想中にあの世を旅した僧侶の手記
https://www.epochtimes.jp/p/2020/04/54910.html
「道は、突然山の前で途切れる。この世でたくさんの善行を積んだ善良な魂は、天国への道筋を示される。一方、悪行を積んだ魂は偽の光に目が眩まされたかと思うと、突然穴に吸い込まれ、山の下に引きずり込まれる。そこは、最後の審判によって罰を受けるところである。人々は、この世で犯した罪によって様々な罰を受ける。犯した罪とは自殺、堕胎、売春、乱倫などがあり、中には海賊品を製造することなども含まれる。不倫や売春に関わった者たちは、ある拷問部屋で罰を受ける。それは、溺れそうになりながら、糞便の中を無理やり泳がされるのだ。ほとんどの魂はこの後、腐ってしまう。海賊品を製造した者たちへの罰も、同様に厳しい。彼らは煮え立つ油が入った大なべの中に浸されてしまう」
吐き気がしました。
もしこのような手記が古い寺などから出てきたりしたら、私ならゴミ箱に投げ込みますね。
まさに禅で言うところの「魔境」そのものだと思います。
明晰夢が現実と寸分違わない感覚を脳に与えるのと同じたぐいのもの。
そして、このいかにも仏僧らしいものの見方、正義感、処罰にみる残虐性、というのは
まちがいなくこの人の願望であり本質ですよ。
新約聖書ヨハネによる福音書たしか第八章にこんなくだりがあります。
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すると、律法学者たちとパリサイ人が、姦淫の時に捕まった女を連れて来て、真ん中に立たせ、イエスに言った、「先生、この女は姦淫を犯している現場で捕まえられました。モーセは律法の中で、そのような女を石打ちにするよう、わたしたちに命じています。ところで、あなたは何と言われますか?」 彼らがこう言ったのは、イエスを試すためであり、彼を訴える口実を得ようとしたのである。しかし、イエスは身をかがめて、指で地面に書いておられた。彼らがしつこく問い続けたので、イエスは立ち上がって彼らに言われた、「あなたがたのうちで罪のない者が、まず彼女に石を投げなさい」
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現代に生きる我々は姦淫を犯したといえば、不倫や不貞などの不品行をイメージするかも知れませんが、古代ユダヤにおける姦淫の定義は今現在一部のイスラム教圏に残る女性の人権蹂躙と同じものです。たとえば、婚前交渉はもとより、結婚前の男女が同じ部屋にいただけでも不貞。人妻が他の男にストーカーされても、言い寄られただけでも不貞。一方的にレイプされても不貞。イスラム圏ではいまだにこういったかわいそうな女性たちを斬首したりしていますが、古代ユダヤにおいてもこれらは死に値する、女性側にある罪とされていました。だからこの新約聖書の「罪」がほんとうに罪と呼べるものであったのかわかりません。おそらくイエスという人はあの時代にあってその理不尽さに気づいていたからこそ、こういうものの言い方をしてみせたんじゃないかと思っています。
神の正義、というのはその時々の人間の価値観に基づく正義でしかない。私が宗教が嫌いで嫌いでたまらないのは、そこに神秘性や光どころか人間の生臭い脳みそのにおいしかしないからですよ。