「新型肺炎、早く終息を」 奈良・春日大社で「悪疫退散祈願」

https://mainichi.jp/articles/20200131/k00/00m/040/076000c

 

なんかムカついた。

 

災害のときに必ず出てくる「光の波動を送りま~~~す」系のスピと

どこらへんが違うのか私には区別がつかん。

でもこういうのは、何千年も前からあった風景なのかも知れないな。

 

こんな人らが、いるんだかいねーんだかわからん神なんぞに祈りを捧げる一方で、
神にかしずくことなど考えもせず、ただ我が心に照らしてそう在らんと思うがために

自分の命も顧みずに現場に出て働く人たちもいる。

戦争、災害、疫病、飢饉、

いつの時代にもそういう構造はあったんじゃないかと。

 

皆が逃げるのとは逆の方角へ覚悟を決めて進む人たち。

民のためでも国のためでもない。

みな自分自身の信念のためだったり、大事な人のために行くんだよ。

そういう人たちはこの世界が祈ってどうにもならないことを知ってるから行くんだよ。

 

ほんでもって、

多くの犠牲を出しつつも現場が落ち着きを取り戻すころには

神がかりな連中というのは、我らの祈りが天に届いたのだー、とか言って笑うのさ。

我々現場に出る人間がこらえた涙の分だけ、連中は大口開けて笑ってやがるのさね。

何も知らないそういうおめでたい世界は実際にある。

 

将軍が視察に来るときの北朝鮮の農作業。

貧しい農民たちが人力で仕事をしているわきで、

妙にきれいなネーちゃんたちが旗ふって歌うたって

要らぬ激励、をしているのをTVで見たことがあるが、

祈りなんてのは、あれとちぃとも変わらんよ。

 
邪魔どころか目障りでしかない。