「ありのままの自分でいい」とかいう馬鹿の甘えが老害を量産する

馬鹿が馬鹿のままでいて良いわけなくないですか

https://bunshun.jp/articles/-/26250

 

アナ雪の話が出てきた瞬間にイヤな予感がしたけど、

やっぱりそんな話だった (^^;

 

とりあえず聴いてみましょうかね♪

 

 

 

 

let it go

これ、多くの人が既に書いてるけど「ありのままで」ではないのですよね。

普通の日本語の会話に置き換えるとすれば 「どうでもいい」 の意味。

どうでもいいじゃない。ほっといてよ。 

というニュアンス。

 

もちろんこれが誤訳だったとは言いません。

翻訳家の方が苦心惨憺練り上げたものなんだと思います。

ただ、受け取られ方が悪かった。

しかも流行ってしまった。

 

それが社会現象にまでなったことで、

いや、ありのままでいいわけないじゃん、という人が多数いたのも確かです。

たとえば、真っ先にそこに食らいついてやらかしてしまったのが

天界人(( *´艸`)ぶっ)美輪明宏さん。

この歌の日本語版だけを聞いて、いつものごとく、

自分が気に入らないというだけの理由で頭にカーッと血が上り、

けちょんけちょんに貶(けな)しておられましたね。

 

さてこの歌を歌うエルサ、

氷結魔法のような特異な力を生まれながらに持ってしまい、

それによって幼いころに妹を傷つけてしまった姉です。

それを苦にして大人になるまで自ら力を封じて引きこもりしてました。

生まれながらにその力を持っていた、というのがミソ?で、

私は以前、この物語について「宿命」がテーマだと思う、と書いたことがあります。

 

宿命というのは変えられません。たとえば、

親も、生まれた国も、ネガティブな性格も、才能も、向き不向きも、

自分では選べない。

 

たとえそれが目を背けたくなる忌まわしいものであったとしても、

変えられないものである以上

それを受け入れることなしに、前へは進めない。

 

そこを取り繕ってまわりが望むようなウソにまみれた自分を生きるなんて

耐えられない…もうどうでもいいじゃない。ほっといて。

この歌の言いたかったことはそこであって、

このままでいいじゃないか、という現状維持の話ではなかったと思いますね。

 

 

この曲、原曲と日本語版では翻訳によってだいぶ印象が変わっています。

 

 

「もう(あの頃に)戻らない。過去は過去 !」 が

 

 

なんか唐突にすごいことになってますし、

 

 

「(まわりが望むような)完璧な女の子(を装っていた過去の自分)なんてもういない。」

あるいは、is gone ですから、

「(あの)完璧な女の子はもう死んだの。」

でもいいと思います。

 

それが

 

 

……… はいっ?

 

でも、何度も言う通り、これは制作会社と翻訳家の思惑があってこうなったのであって、

誤訳ではないし、これはこれでいいんだと思います。

 

この日本語版しか知らない人にはたしかに、

上昇志向、あるいは前進志向のない、

だらけたものの考え方を歌ったものにみえたというのは、あるのかも知れませんね。

だからといってその点をつついてこの作品を貶めるのもどうかと思いますよ。

 

 

おまけっ (=゚ω゚)ノ

 

呪われたアナ雪人形、電源をOFFするも、ありのまま歌い続ける

不具合で捨てられるも・・・

https://yukawanet.com/archives/anayuki2020116.html

 

なんか、

私が上野駅勤務だった頃に聞いた

「呪いのキヨッピー人形」 を思い出した (^^;

東日本キヨスクさんのシャッターに描かれているムクドリみたいなの

あれが「キヨッピー」というキャラらしいのだけど、

販促用に作った数十体のキヨッピー人形というのがあったらしくて、

センサーで人が近づくと「ぼくキヨッピー」としゃべるらしいんですよね。

酔客に壊されたりかっぱらわれたりするので、

いつの間にか使わなくなったらしいんですが、

上野駅のキヨスクさんの倉庫に残っていて、誰もいないはずなのに夜中になると

「ぼくキヨッピー」 と繰り返し言うらしいんですよ。

 

私、心当たりあるんですよね、その原因。

…駅構内に夜になると出てくるスリッパサイズのやたら肥えたドブネズミ

あれがセンサーに反応してたんじゃないかと (^^; もう20年以上前の話です。