人間の脳は、手に持った道具の感触を身体と同様に認識していることが明らかに

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/01/post-92074.php

 

(抜粋)

仏クロード・ベルナード・リヨン第1大学のルーク・ミラー博士らの研究チームは、2018年9月12日に学術雑誌「ネイチャー」で発表した研究論文で、道具がヒトの身体の感覚を拡張させ、木の棒が対象物に触れた位置を精緻に特定することを示した。

 ミラー博士らは、この研究結果をふまえ、「このような現象が起こったとき、ヒトの脳は物体が接触したタイミングやその位置をどのように認知するのか」についてさらに追究。2019年12月16日、学術雑誌「カレントバイオロジー」で「道具は身体の延長として扱われ、身体への接触の感知に関与する脳領域は、道具を持った場合でも同様の働きをする」との研究論文を発表した。

 

道具は手の延長とよく言われるがまさにそれが立証された。

これは地味だがすごい研究だなーと。

 

変なもの好きの私は、若い頃にはよくエルゴノミックデザイン、

いわゆる人間工学に基づいて設計された系、の手道具に手を出した。

 

そしてそのどれもが、きわめて使いづらかった。

はっきり言えば、不快感を持つほど、ストレスがたまるほど、

使いづらいものばかりだった。

 

いわゆるエルゴノミックデザインがちっとも人間に心地よさを与えないのは、

それが人間の感覚を逆に狭めてしまうものだから、と思って間違いなさそうである。

 

たとえばナイフ、

狩猟をやったことのある人ならわかるかも知れないが、

一つのナイフでいろんな持ち方をして、いろんな切り方をする。

だから、ストンとした棒のような形、どのような持ち方をしても使えるようなもの、

が一番使いやすい。

ひとつひとつの指を置く位置が用意され、握り方を限定されるようなものは

使い方も限定されて、結局なんの役にも立たないものだ。

ストンとした棒のようなナイフで30通りぐらいの仕事ができるところを

人間工学で設計されたナイフでは一通りの仕事しか出来ない。

 

ヤカンからペンに至るまで、

有名デザイナーのデザインしたそんな使いづらいゴミが次々に出ては消えてゆくが、

刃物に限らず、昔から変わらぬ姿である、ごくありきたりなつまらない形の道具たちは、

人間の身体や脳と同時に進化してきたものであり、

何十万年という人間の生活の中で淘汰されてきたひとつの完成形なのだろう。

ゆえに、ふとした思いつきで形を変えることなど簡単に出来るものではないように思える。