僕の職場は、冬になると忙しくなるそうで。
連日受け入れ件数は80件超えています。
寒くなると人間は弱いみたいです。

職場のスタッフも体調崩すこともあるので、最近は連日ギリギリの人員です。

先日、人がどう見ても足りない日がありましたので、休日出勤してみました。

朝の時点で担当するお棺が決まるのですが、その中に知った名前が。

以前、大好きで通っていたラーメン店の店主でした。


お宅にお邪魔させていただいたり、新作のメニューを優先的に食べさせてくれたり、店限定Tシャツをプレゼントしてくれたり、かなりお世話になった方です。


最後にお会いしたのは2年前ぐらいでしょうか。その時点で重度の肺炎。人工呼吸器無しでは生活できないレベルでした。

でもいつか、体調が良くなってまたあのラーメンを作ってくれたら、なんて淡い期待を抱いていたのですが。


喪主は奥様でした。ラーメン店でも接客をしてくださり、いつも気さくに僕をあだ名で呼んでくれたり、趣味の話で盛り上がったりした間柄です。


奥様は担当スタッフが僕だったことにかなりびっくりされており。そりゃそうです。僕もびっくりしてます。

ありがたいことに、ご焼香まであげさせていただきました。


お骨上げまで担当し、最後にお互いにまた連絡を取り合うことを約束。

ご主人様、まだ50歳でしたので。奥様の悲しみはかなり深いはずです。

最後をこんな形でも見届けることができたのは良かったなと思いますが。


ただ。


たまたま休日出勤をした日に、

たまたま知り合いの担当になり、

たまたまご焼香まであげさせてもらえて。


偶然にしてはあまりにも出来すぎた話に、一日中理解が追いつかず。


かつてお世話になった方に対する悲しみはもちろんありますが、それ以上に、何かに「呼ばれた」ような気がしてならなくて。


JWを辞めてから、霊的な存在とか、神とか、ほとんど信じなくなりました。でも、たまたまとはいえこんな形で引き合わされたことには、何か意図があったんだろうかと考えざるを得ません。(あばれる君風)


何か、僕の知らない存在が、理由があってこんな再会を演出したのだとしたら。

その存在が神なのだろうか。

神からなんかしら意図があってこの再会があったなら、その意図って何かな。

でも、この再会は願ってもできることではないのだから、感謝しないといけないんだろうな。

ただ、誰に感謝したらいいのかな。


仕事終わり、居酒屋で一人、焼酎のお湯割り飲みながらずっと考えていました。


でもみんな、大なり小なりそんな経験ってしてますもんね。それをいちいち何か別の次元の存在に依るものだと理解したがるのは、JWの癖が抜けてないだけなのかもしれません。


でも。


神の存在を信じるか信じないかに関わらず、信仰心は持ち続けたいなと思いました。

なぜなら、こんなことが起きた時に感謝できるから。対象は何かわからなくても、それに対して感謝する気持ちがあれば、それでいいのではなかろうかと。


使徒の聖句でパウロがアテネで見つけた『知られていない神に』みたいな感覚。


なんとなく、そんな存在っていてくれたら良いな、なんて思います。エホバじゃないはずですけど笑