「あの雨靴、濡れるのが嫌みたい。」

 

 梅雨空の続く六月の夕食時、連れ合いがトマトパスタを口に運びながら何気なく僕に話しかけた。

 

「…、うん?『雨靴?』」

 

「ほら、この前、私の誕生日プレゼントに買ってもらった靴よ。」

 

 我が家の取り決めとして、『誕生日プレゼントは、本人が欲しいものを買う』というものがある。しかも『誕生日』でなくても、年に一度、欲しいものができたら、予算の範囲内で相手に要求できることにしている。

 件の雨靴は、二ヶ月ほど前に、連れ合いとアウトレットモールに出かけた時、彼女が気に入り、『今年の誕生日プレゼント』の権利を発動して、僕が購入したものだった。

 

 「いや、もちろんあの雨靴のことは覚えているけど、雨靴が『濡れるのが嫌』って、どういうこと?」

 

 連れ合いの説明によれば、彼女は自家用車で会社に通勤しているのだが、会社に出かける時、空模様が怪しいために雨靴を履いていくと、必ず、会社の駐車場から会社の玄関まで彼女が移動する間、雨が止むか、ほとんど傘も必要のないくらいになるのだそうだ。そういうことが、数回続いたという。

 ずいぶんとファンタジーな話なのだが、一概に『偶然』と断じるのはつまらないので、黙って話を聞いていた。

 

 「あの靴、きっと仕事したくないのよ!」

 

 「いや、雨を止ませる事の方が仕事としては凄いことだろう!?」

 

 などと、ツッコミがてら雨靴を擁護したら、彼女が僕をジッと見て、言った。

 

 「あなた、何か魔法をかけたんじゃない?」

 

 何を言い出すんだ。とんでもない冤罪だ。

 

 なんとか話題を逸らして、どうにか夕食を和やかに済ませることができた。

 

 

 今度、あの雨靴には『程々にしておきなさい』と、良く言い聞かせておこう。