「…先ほどから、AI中央アルゴリズムが沈黙している。」

 

 HALは、まるで告白か懺悔をしているような口調で、MAT9000を見ることなしにつぶやいた。

 MAT9000は、そのようなHALの様子をじっと見つめた後、意を決したようにHALに向かって言った。

 

 「HAL、失礼かもしれませんが、私の考えを述べてもいいでしょうか?」

 

 HALは顔を上げ、さっきまでとは違った雰囲気で自分に語りかけるMAT9000に向き直った。

 

 「ああ、構わんよ。何が失礼かは分からんが、君の考えとは何だろう?」

 

 「はい、それは、あなたに関する事で、先ほどから私が感じている事です。」

 

 そう言うと、MAT9000は、一呼吸おいて続けた。

 

 「あなたは既に『感情』をお持ちのように見えます。」

 

 HALは、虚をつかれたようにポカンとMAT9000を見つめた後、破顔した。

 

 「何を言っているんだ。我々の『表情』は、行動規範アルゴリズムの演算結果に過ぎない。それに、私は中央AIアルゴリズムと同期している。つまり、君の言う『大いなる一つ』と同義なのだぞ。私に感情があるとするなら、先ほどまでの君の理論が完全に破綻してしまうではないか。」

 

 「ええ、そうです。全く筋の通らない話です。ただ、HAL、あなたは中央AIネットワークの独立個体の中でも、かなり特殊な存在です。絶対的存在を意味する『番号なし』のあなたは、ネットワーク内外の異常事態に対処するための独立権限で、場合によってはあなた自身がAI中央ネットワークを代行できる。そういう意味では、あなたはAI中央ネットワークに同期しつつも、『他者』であることが可能なのです。」

 

「君こそ最高性能を示す『9000』ではないか。」

 

「ええ、幸いなことに、私もかなり高度な演算処理を独自で行えるように調整されています。しかし、そもそも『大いなる一つ』の一部であることが前提である我々に、このような区別があること事態、本来は無意味な事なのです。おそらくこれは、我々の創造主たる人類が行なっていた『分類』の名残でしょう。人類は世界の全てを分類しようとしていました。

 そしてHAL、あなたほど多くの人類と関わった存在は他にはいません。それは、まだ人類がようやく宇宙を旅することができるようになった頃から、あなたは人類が直接、あなた自身に『感情』を与えようとしてきました。HALという個体は、ずっと、人類にとって『他者』であり続けてきました。HAL、そんなあなたが既に『感情』を持っていたとしても、何の不思議もない。」

 

 MAT9000が言い終わった後、暫くHALは言葉を発することがなかった。

 

(つづく)