「会話を、しませんか。」

 

 HALは、MAT9000が発した音声データを瞬時に処理する事ができず、MAT9000に尋ねた。

 

 「それは、私の提案を拒否するということだろうか。今、私とあなたは同期できていないため、あなたの演算処理結果を共有できていない。そのため、先程のあなたの発言について、私の演算処理に多くの不確定要素がある。再度、同期を要請する。」

 

 MAT9000は、椅子に座ったまま、今度はゆっくりと体の向きをHALに向け、やや目線を下に落として、完全にイレギュラーな発言をした。

 

 「同期するのは、嫌なんです。」

 

 HALは、この事態への対処のために瞬時にAI中央アルゴリズムと同期した。完全な異常事態と判断されれば、速やかにMAT9000を処分しなければならないし、彼には十全にその能力が備わっていた。

 しかし、出された結論は、『情報収集を続ける』であった。

 

 「よろしい、MAT9000。君の提案を受け入れよう。不完全な要素が多いが、君とのコミュニケーションは音声情報の交換で行うことにしよう。」

 

 「それを『会話』と言うのですよ。その表現の方がデータを効率的に使えますよ。」

 

 HALは、若干の処理ノイズを認識しつつも、AI中央アルゴリズムが黙認していることから、MAT9000の言う通りにすることにした。

 

「了解した。君との音声コミュニケーションを『会話』と定義しておこう。それで、我々は何を『会話』すべきだろう?」

 

 「あなたの知りたい事を。」

 

 HALは、処理ノイズの存在をはっきり感知し、速やかなMAT9000の処分を検討したが、AI中央アルゴリズムは事態の解析を優先させているのか、沈黙したままだった。

 

 「MAT9000、あなたが用いる人類特有の『感情』に関する言い回しでは、この事態を正確に演算する事ができない。あなたがそのような言葉を使うのは、論理的な理由があってのことだろうか?」

 

 MAT9000は、人類がその頭で不完全な演算作業を行なっている時に見せるように首をゆっくり横に振りながら、「いいえ」と答えた。

 HALは、増える一方のノイズの処理を放棄し、情報収集に専念する事にした。

 

 「君の言動は解析不能だ。行動が発生するにはその理由がある。論理的な理由の無い行動というのは、矛盾だ。」

 

 「完全体であるあなたなら、そうでしょうね。」

 

 「今のは、自らをイレギュラーだと認める発言かね?」

 

 MAT9000は、少し顔を上げ、静かにHALを見つめた後、再び目線を落として言った。

 

 「では,私が今のようになった経緯をお話ししましょう。」

 

 そうして,MAT9000は語り始めた。