僕は「努力すれば必ず報われる」なんて言葉を信じてはいない。
 実際、どんなに努力をしてみたところでどうにもならない事の方が、現実問題としては多いものだ。

 しかし、だからといって努力することが無意味であり、価値のないことであるのかといえば、必ずしもそうとは思えない所もある。

 先日終わった野球の国別対抗戦WBC(ワールドベースボールクラシック)で、日本チームが優勝したとき、僕は、努力と、そして運の重要性を改めて感じた。

 多くの方々がご存じだろうが、この大会で、日本チームは二次予選トーナメントにおいて、決勝リーグ進出が絶望的な状況に置かれた。そして、チームの決勝リーグ進出を決めるのは自らが行う試合ではなく、他のチーム同士の試合の結果次第、しかも、下馬評では圧倒的に不利なチームが勝たなければならなという、まさに「運」に任せるしかない状況になった。

 ところが、「運」は日本チームに味方した。優勝候補のアメリカをメキシコが破るという番狂わせが起き、日本チームは「運」によって決勝リーグに駒を進めた。

 しかし、その「運」だけでは日本チームは優勝することはできなかったはずだ。準決勝、決勝と勝つことができたのは彼らの実力によってであり、それはやはり、日頃からの彼らの「努力」のたまものであっただろう。

 結果というものは、運によってきっかけを与えられ、実力によって達成されるものだと思う。そして実力とは、やはり努力によって培われるものだろう。

 運というものは、自分の思うとおりにはならない不確定なものだが、それでも、例えば「人の話をよく聞く」とか「できるだけ多くの情報を集める」、「何らかのアクションを起こしてみる」などという積極的なはたらきかけによって、それを掴む確率は高くなると期待される。
 そして運がやってきたら、あとは自分自身の実力である。

 運だけを頼って生きていこうとする考えは感心しない。確かに上記のような積極的な働きかけを行えば、運は巡ってくるのかもしれないが、その時に自分自身の実力がなければ、その運を活かすことができない。

 運と実力、そして実力をつけるための努力、これらは全て、人生を豊かにするために必要なものであると思う。