消えた逸材「ハキム・マストゥール」 | GG Forza SINRA

GG Forza SINRA

Gloly Gloly Forza Sinra

イタリアはエミリア=ロマーニャ州のレッジョ・エミリアにて1998年6月15日にモロッコ人の両親の元に生誕。

 

2011から2012年までレッジャーナのユースに所属し2012年7月にACミランに加入。若干15歳でフィリッポ・インザーギが監督を務めていたプリマヴェーラ(U-19)でプレー。

 

2014年1月31日、ブラジルの現スーパースターのネイマールとのリフティング動画がyoutubeにアップされ、自らの技巧さを誇示。リフティングの後はFIFAでネイマールと対戦していた。サッカーをやらないときは眼鏡をかけているようだ。

 

2014年5月18日は、クラレンス・セードルフ監督のもとセリエAのサッスオーロ戦でトップチームに登録メンバー入り。

 

2014年6月15日、ACミランと2017年までプロ契約を結ぶ。

 

2015年6月13日、アフリカネイションズカップ2017予選リビア代表戦に史上最年少でモロッコ代表デビューモロッコ代表でのキャップもこの1試合のみ。

 

2015年7月27日、またyoutubeの動画で自らの技巧さを誇示する。ネイマールに続いて対戦したのはフリースタイルフットボーラーのショーン・ガルニエ。互いのテクニックを披露しあい、ジダンへの頭突きで有名なマルコ・マテラッツィも立ち合い人として参加していた。

 

2015年8月31日、かつてイスコが在籍し最近では岡崎が加入するも財政難で速攻契約解除したスペインのマラガCFへレンタル移籍をした。11月7月にプリメーラ・ディビシオンのレアル・ベティス戦で途中出場でプロデビュー。しかしマラガではその1試合しか出場できず、2年間のレンタル契約だったが1年でレンタルを終了しミランへ帰還。

 

2016年7月14日、オランダのズウォレにレンタル移籍。5試合に出場したが鳴かず飛ばずであった。

 

2017年6月30日、ミランとの契約を満了。クラブ間で契約延長交渉はなく。フリーとなる。と思いきやプリマヴェーラで練習はしていたらしい。

 

この1年間の間でジェンナーロ・ガットゥーゾにyoutubeにアップされた動画の件に対して「お前ぶん殴るぞ」と言われる。

 

2018年夏にミランを退団し9月5日、ギリシャのラミアに加入した。しかし前半戦でわずか4試合の出場に終わり、2019年2月にはチームから離れ、代理人ミーノ・ライオラは「怪我の治療でイタリアに帰国した」と言っているがクラブ側は「無断でイタリアに帰国した」とマストゥールを批判した。

これが原因になったのか3月で契約解除となる。6試合出場1アシストとギリシャでもサッパリだった。

 

2019年、時期は不明だが、パルマの練習に参加をするも加入には至らなかった。

 

2019年10月18日、イタリアのセリエCに所属する中村俊輔の古巣レッジーナに3年契約で加入。

 

ミランのプリマヴェーラに所属していた頃は10代前半とは思えない卓越したドリブルやボールコントロールのテクニックで神童と謳われていたが今ではイタリア3部で落ちぶれる元神童となってしまった。

まだ21歳であり、マストゥールのキャリアはまだ未来がある。復活の狼煙を挙げているフェデリコ・マケダのようにどこかで復活するかもしれない。

しかし復活のカギはマストゥール自身のサッカーへの真摯さだろう。何も知らない日本人に何が分かると言われても仕方ないが、マストゥールは彼の今までの動向を見る限りサッカーをチームプレーで成り立つスポーツではなく、自らのテクニックを披露する場だと思っているのだ。ネイマールやショーン・ガルニエとのフリースタイル対決動画、最近でいえばコロナで流行ったトイレットペーパーチャレンジにも参加し別格のスキルを披露したりと他の若手選手と比べて自分のテクニックの披露の頻度が多い。サッカーは好きだがどちらかと言えばリフティングやボールコントロールなどボールを巧みに扱うことが好きで11対11のゲームでチームメイトと力を合わせようという思いが足りないのだと思われる。

おそらくこれまでの監督はマストゥールが自分のテクニックを披露することしか考えていないと思っているからあまり起用しなかったのだろう。

サッカーには色々な悪童がいるがマストゥールは新たなタイプの悪童かもしれない。

 

復活に期待したい。