さて、ここからは丙午(ひのえうま)の由来の本当の話です。
まず、日本の暦と民間信仰が合体して生まれた言葉だそうです。
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丙(ひのえ)=十干の3番目(「火の兄」→ 陽の火)
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午(うま)=十二支の7番目(馬)
この組み合わせが 60年に一度 巡ってくる年が「丙午」なんだって!
では、なんで悪い年とされたのかですが・・・
いちばん信憑制がある文献によると・・・
根拠のないそのデマの内容としては
「火×馬」で気性が荒い!激しい!
という事らしいです。丙は「強い火」、午も火の性質を持つとされ、
火の力が重なる年=荒々しい・災いが起きやすいと江戸の人たちに勝手に解釈され、さらにはそのデマを風聴されるようになったのですが、2000年に入ってから新たに分かった事とは・・
まずは、江戸時代の大きな事件が決定打とも言われています。
そう!八百屋お七事件。
八百屋お七事件とは、江戸時代前期(17世紀末)に実際に起きた放火事件で、のちに歌舞伎や浄瑠璃で有名になった悲恋物語です。
ざっくり概要
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主人公:八百屋(青果商)の娘・お七
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時代:1682〜1683年(天和年間)
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場所:江戸(現在の東京)
何が起きたか?
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江戸で大火が起き、お七の家が焼ける
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避難先の寺で、寺小姓・吉三郎と恋に落ちる
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家に戻ると、もう会えない
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「また火事になれば、寺に行けて彼に会える」と考え、自宅に放火してしまう
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放火は重罪だったため、お七は火あぶりの刑に処された(享年16)
なぜ有名?
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若い少女の純粋すぎる恋心と、過酷な結末
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江戸の火事・法律・身分制度を背景にしたドラマ性
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後世の創作(歌舞伎『伊達娘恋緋鹿子』など)で
「恋に命を賭けた乙女」としてロマン化された
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丙午の年(1686年)生まれとされる(ただ、この情報がきちんと立証できないそうです)
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恋のために放火し、火あぶりの刑に(これは真実)
この話がもととなり「丙午生まれの女性は気性が激しく、夫を不幸にする」という根も葉もない迷信が定着してしまったんだとか。
しかし!この迷信、かなり強力で
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1966年(昭和41年・丙午)
→ 出生数が前年比で約25%減少してしまったのです。迷信で25%も減るのだから、2026年は「火のように明るく、周囲を明るくし、馬のようなエネルギッシュで且つ優しい子が生まれる60年に一度の丙午!」と迷信を新たにつくってしまえば増えないかなぁ・・笑世界一強い馬を作る目的のもと、大井競馬場のトレセンが正式に市原市に来ると決まった2026年丙午!この最高の年に市原市にたくさんの子供が生まれる事を祈っています。増茂

