よくをかく
終焉を迎えるにはまだ早い気がするが、笑いながら冗談交じりに戒名の心配をしていた。
我が母ながら大したもんだと思う。
死ぬ間際になって欲をかいちゃいけない。
家に帰りたいとか、ああしたかった、こうしたかったと口に出したらいけない。
欲をかいちゃいけないのよ。
後に残された人は切なくて切なくて。悔やまれてならなくなるから。
もう思い残すことはないって言っておかーさんは死にたい。
と。
この期に及んで、まだ、残された人のことを心配して考えるのか。
なんだかんだ、できることじゃないよ。
逞しいかーさんを誰よりも誇りに思います。
頑張って生き延びよう。
スイカ
丁度いい季節が短い。
じりじりと痛めつけられる暑さだ。
世の中がガラリと変わったこの十数年。今まで良しとされていたものが真逆の悪となる。
架空が本物に、はて、ホンモノとは?
太巻きを作るのにまず干瓢を戻して、椎茸を煮て、胡桃を割って、寿司桶を洗って、海苔を焼いて、巻き簾と、えっと、なんてことを当たり前にやってたかーさんが、スーパーへ行ってカレイの煮付け一切れを手に、買おうかどうしようか悩んでる姿が悲しい。
老いが病が蝕んでいく痩せた身体で、つまらないことに「あり がとう」「ありがとう」と頭を下げてくるかーさんが本当に悲しい。
悪阻がひどかった時に、かーさんが届けてくれた焼きそばを泣きながら食べました。
私はおばさんになってもかーさんの娘である。かーさんもそのまたかーさんの娘のであったとは夢にも思わなかった。
逞しく生きねばならん。
せっせとカレイを煮る。
スイカを届ける。
お礼も云えぬまま
遠くへ旅立たれてしまわれた。
ご無沙汰して随分と時間が経ってしまった。
菩薩様のようにいつもいついつもいつも優しく接してくださった。
今思えば、毎週毎週の木曜日が、どれくらい汚くひねた私を正して慰めてくれただろう。唯一の救いだったと思う。
襖を開けた向こうの松風、温かい眼差し、穏やかな話し方と可愛らしさと。たくさんの愛情をいただきました。
一期一会とはよく言ったもので、本当にいろんなことに感謝せねばならない。
とてもかなしいです。
きちんとお礼も言えずお別れになってしまったこと、寂しい限りです。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
たわごと
とてもよかった。
かーさんと出掛けた。
倒れるかと思う暑さのなか沢山歩いた。
いつか振り返るときが来たときのために、しっかり憶えておかなければと、また、いつものように強く思った。
隣のテーブルのカーディガンを羽織った有閑マダムが嫌だった。
これも劣等感だ。
「これも食べていいよ」と寝言を言った。
口を空けて寝ている息子。
幸せであれ。
幸せであれ。
バレンタイン
駅までの散歩。
コートの端を掴む手。
アイスクリームを食べたいと怒る。
百貨店の化粧品売場で美容部員に「イケメンですね」と言われ、思わず悲鳴をあげてしまった。
まんざらでない息子。「あんなこと言われたの初めて」と恥ずかしがる。相当嬉しかった模様。もちろん、私はその100倍嬉しかった。が、ウケる。この造形でイケメンはない。
雪に埋もれたブランコ。
短い黄色のスノトレ。
掻き出し漕ぐ無邪気な息子。
重たくなった身体を支えきれず遊具に上れなくなり歌う。
あの頃みたいに動きたいんだ~
パッタイ頬張りたんまりするー
寝ぼけて話す。
「またあとでねっ」
どんな夢をみているのやら。
小さいときの話をしてくれとせがむ。
健やかにあれ。
健やかに。
とにかく健やかに。
デンデンムシ
日陰はつるつるに凍った雪が残る。
毎日日記をつけようと思ってすでに出来ず。
フィフティーピープルからハンガン。
おみくじは小吉。
一秒前より良くなるように努力せよ、と。
努めよ、と。
どこで誰が見ていたんだろう。
かーさんの補聴器メンテナンスに付き添い。
三代で。
カタツムリを耳に装着。
脳に指令を。
世の中知らないことばかりだ。
近い将来ママも聴こえなくなるから、その時は付いてきてね。頼むね。
三人でいると今日が今日しかないと、ひしと感じる。今この瞬間はすぐに過去になってしまう。過去になる今を記憶として憶えていられるだろうか。
焦げた達磨やマシュマロの刺さった枝、みかん、泥だらけの長靴、後ろ姿。スルメ。書初め。どんど焼きの風景。
いい人間になれますように。
平穏な暮らし
にょき にょきと真っ直ぐ伸びた背、声変わりした聞き慣れない声、表情に、こちらがはにかみ、何故だか涙がじわじわ止まらなかった。
涙腺も老いるのだ。
目に見える成長。まだまだ無限に伸び代のある成長の光。
若さって素晴らしい。
素晴らしい。
コマオ
もれなくNetflixのお世話になり、どっぷり韓流に浸かり、ほぼ駄目人間。
応答せよから賢い医師生活、刑務所のルールブック。二十歳からエクストリームジョブ、恋愛体質 。ここは深い沼だー
まだ手を繋いでくれる我が子のパーカーが着られるようになってしまった。
なんということだ。
ママー
カレーは金曜日にしてー
なんで
カレーは金曜日があうんだよー
なるほど
いやまったくなるほどではないんだが
ふーん。
ああ、この子が健やかに健やかに飛び立っていかれますように。
暗闇も迷いも後悔も絶望も乗り越えて立ち上がれますように。
がんばれがんばれと思うばかり。
がんばれー
がんばれー