少年合宿の2日目、不覚にも風呂場で脚を滑らせ、肉離れを起こしました。早朝6時半からの坐禅、午前、午後と5時間以上の稽古指導を行い、足腰が限界に達していたこと。2日目の稽古終了後、長野県から帰郷し、次のの日の早朝から岡山へ出張の予定を組んでいて、急いでいたからです。メンタルトレーナーの知識がある友人から、怪我は全て「不注意(注意不足)」と「慢心」に収斂されると喝破されました。
そして、その人から「増田くんの場合は不注意だと思う」と言われました。すかさず私は、「いいえ、この怪我の原因は、不注意のみならず慢心の両方です」と言葉を返しました。
なぜなら、今回、合の前後にタイトなスケジュールを組んで、心に余裕がなかったこと。また、両膝と腰の故障により、普段は千歩も歩かない私が、合宿中の1日だけで5千歩も歩いていました。実は、合宿中の宿が大きく、移動に歩かなければならなかったのです。また合宿の2週間前、私は風邪をこじらせ、1週間ほど体調が悪かったのです。
さらに、普段は3時間以上の稽古指導はしないにもかかわらず、5時間も立ちっぱなしで稽古指導をしてしまいました。普段の私は、稽古途中も椅子に着席したりして、関節や筋肉に長時間の負担をかけないようにしています。しかし、今回は立ちっぱなしでした。また長野への車による移動で下半身には負担がかかっていました。
私が、そのような状況にあることを念頭に置かなかったのは、普段は衰えを嘆いていながら、同時にまだ自分には体力があると「慢心」していたからだ、と思っています。実際は、私の身体は何箇所が壊れていて、身体の力を若い頃のように使えません。故に、なんらかの方法で身体の力を補わなければならないのです。そう自覚しているのに、本当に不覚でした。
周りは、こんな私の状況を知る由がありません。まだまだ身体には障がいがあります。しかし、それを知らしめることが、私には面倒臭いのです。理解できないと思うからです。おそらく、私が入院でもしたら、やっと理解するに違いありません。だからこそ、私自身が他からなんと言われようと自分の体を大切にしなければならないのです。
もう一つ、私が悔やまれるのは、今回、少年たちを前に張り切り過ぎたかもしれない、ということです。合宿中、私は夏休みを使って合宿に参加する道場生をもっと上達させたいという想いが強くありました。そして、いつもより熱心に指導しました。しかしながら、そのことが少年たちに満足感を与えたかどうかは別だと思っています。むしろ、私の独りよがりで、子供達にはもっと良いアプローチがあったかもしれない、と考えています。
あくまで自己分析ですが、私は自ら注意を向けたことに関しては、細かく、わずかな違いも発見することができます。しかしながら、興味のないことには、見ていません。あるいは大雑把にしか見ています。そのようなあり方や考え方は、ある意味、慢心と言っても良いでしょう。
もちろん、合宿や稽古中は、道場生の体調や怪我のないよう、細心の注意を払っています。それは、増田道場の運営の型として、長年実践し身についているからです。しかしながら、自分自身に関しては不注意でした。また慢心があったのです。
要するに「不注意」と「慢心」は表裏一体なのでしょう。今後は、何事にも注意を払って行動しなければならないと思っています。そうしなければ、目標に向かう道程、余計に時間を要することになります。おそらく、私は3週間は稽古ができないでしょう。
つまり、ただでさえ、パフォーマンスが低下しているのに、その能力を取り戻すためには、大変な労力を要するでしょう。そうなれば、周りに迷惑をかけます。また、自分の計画していたことが思うようにできなくなります。今回も予定をキャンセルせざるを得ませんでした。
思い起こせば、私は、競技選手だった若い頃から、傷病からの競技復帰を経験しています。その経験を記録し人に伝えることは有益だという自負があるぐらいに頑張った経験があります。ですが、それは昔のことです。今は若い頃と全てが異なります。
老年の域に差し掛かった現在、後悔するよりも重要なことは、2度とこんなことがないようにするには、心構え修正し、かつ行動計画を修正しなければならないと思います。ただし、それが許されないかもしれないという状況も想定できます。そんな時、どうするか?そのような想定も含めて、人生の最後まで修行だと感じています。
一つよかったことは、怪我が軽度で済んだことです。運がよかった。また、お盆休み中は動かず、本を読んだりして、インプットに注力できます。今私は、怪我が治り、いつも通りに動けるようになった時、この機会にインプットしたことを活かしたいと思っています。