老いて身体が衰えるからこそ〜生涯の武道を求めて | 増田 章の「身体で考える」〜身体を拓き 心を高める

以下の内容は「拓心武道論〜生涯の武道を求めて(仮題)」という拓心武術の考え方をまとめた冊子(電子書籍)の内容の一部です。

 

拓心武道論〜生涯の武道を求めて

 

序章

第1章 自己の心身を最も善く活かす道の追求

第2章 お金を出しても買えないもの

第3章 「制心」「制機」「制力」

第4章 高齢化社会への貢献

第5章 拓心武術の効用と既存の武道の問題点

第6章 老いて身体が衰えるからこそ〜道心


第7章 読み取り力

第8章 拓心武術の修練の先には

第9章 生涯の武道を求めて

 

2022年3月10日、跋文を書き終え、さらに加筆修正を行いました。その際、見出し、サブタイトルを変えました。電子書籍で出版します。素人なので、苦労しました。老眼が加速しています。

 

 

 

第6章 老いて身体が衰えるからこそ〜道心

  勝負哲学の見直し。そのことも拓心武術の修練目的に含まれる。第二章において、「拓心武術における勝利とは、「制心」「制機」「制力」の3要素が一体化した「動き・技」の実現である」と述べた。つまり、拓心武道の修練における「勝利」とは相手に勝つことではないということである。繰り返すが、拓心武術の修練における「勝利」とは、自己の心と身体を最大に活かした時なのである。故に、たとえ試合修練において一時的に勝者を決めたとしても、そのことに最大の価値を与えない。例えば「競技のルールの中で勝者となること=勝利・勝者」という図式で勝利や勝者を判断しないということだ。

 

 多くの競技は身体のスピードや力を相対的に比較しているだけである。そのような競技は身体の能力が衰える老齢者が行っても無駄だ。なぜなら「伸びしろ」がないからだ。しかしながら拓心武道の修練における、「心と身体を活かすこと」を目標にするなら、壮年や高齢者ほど伸び代があると言っても過言ではない。その意味は、老いて身体(身体機能)が衰えるからこそ、心と身体のより良い活用方法の必要性を理解できるからだ。言い換えれば、「心(脳)と身体を最も活かす道の追求」という目標には「老い」が最高の教師なのだ。その核心は「変化を知る」ということである。その変化の中で自他を活かし続けるための叡智が道の力である。その道の力こそが変化の中でも変わらないものかもしれない。そして、その道(理法)の力を求める意識が道心(自他を活かす道を求める心)である。

 

 さらに言えば、身体の痛みや障害は、最強のコーチであると思っている。そのコーチの存在をほとんどの人が気づかない。だが、そのコーチの声を聞きながら、心と身体の限界を少しずつ越えることができれば、自己の能力はより向上する。

 拓心武術の意義、そして拓心武道の目的は壮年や高齢者にこそ理解できる道だと思っている。問題は、打撃系武術・武道が老いた身体には適さないと考えられていることだ。そしてスピードや筋力に依存した技、能力の追求を掲げた修練法が定着していることである。

 

 私は相手と組み合う武術の修練は、力と技を活かす「制力」の修練として、より有効だと思っている。一方、相手と離れ、攻撃を読み合う打撃系武術は、目付けを重視した読み合いを活かす「制機」の修練として、より有効だと思っている。だが、究極的にはどのような武術であっても、自我を抑制し、心をより善く活かすという「制心」を必要とするはずである。そして、目標を「制心」「制機」「制力」に定めること。そして本論でいう本当の勝利を目指すならば、老いて衰えた身体を活かす修練となるに違いない。また、心(脳)と身体の回路の機能維持に役立つ効用があると思っている。ただし、その効用を得るためにも、本論で述べた、拓心武術の武道論(哲学)を基盤とする必要がある。補足すれば、拓心武術の修練を老齢者が行う際は、基本技の精度をより高めること。そして組手型を何度も繰り返し、かつ約束組手(拓心武術独自の稽古法)を丁寧に繰り返すことである。さらに組手を行う際、スピードに頼らず、また目先の勝負にとらわれることなく組手修練を行わなければなければならない。そして組手の裏側にある、より善い戦いの理法(戦術原則)を明確に読み取れるように意識することが重要だ。

 

 その読み取りの意識が武道を青少年のみならず、七〇歳を超える高齢者にも可能なものにすると考えている。そのような考えで考案したのが拓心武術・修練法である。その修練には、ある程度の筋力が必要なことは言うまでもないが、筋力が必要なのは青少年のみならず高齢者も同じである。むしろ、身体機能が衰える壮年と高齢者にこそ、意識しなければならないことだろう。あえて言えば、拓心武術を始めるには、20〜30分歩行する体力があれば十分である。そして心と身体の回路を繋ぐ機能や他の身体機能の活性化には歩行よりは強度はあるかも知れないが、短時間で効用があると思う(私は障害があるので、通常は20分も歩行しない)。もちろん高齢者と青少年や壮年の人達の修練の始め方(基本習得の方法)には異なる部分がある(より良い方法が別にある)。

 

 だが、拓心武術の修練の核は防具によって安全性を確保した組手法である。そして相対的な強さではない「制心」「制機」「制力」という理法の会得を目標とする。そのような組手修練は、若齢者のみならず高齢者まで、一貫した目標を共有することができる。また、一緒に実施可能な修練法でもある。さらに、一部の専門家しか為し得なかった武術的な「読み取り力」の向上・会得の道を多くの人に開く修練方法と言っても良い。