フリースタイル空手とは何かを呻吟する〜その6 | 増田 章の「身体で考える」〜身体を拓き 心を高める
【FSK(フリースタイル空手)は】
話を戻せば、FSK(フリースタイル空手)は、より反復練習を可能とするルールと枠組みを有する。そして繰り返しになるが、若い人ばかりではなく、あらゆる年代の人達が、組手試合を楽しめるように考えている。

考えてみて欲しい。技術の体得には時間がかかる。また、個人差もある。しかし、時間をかけて、反復練習を行なえば、より多くの人に、ある程度の技術の体得を可能とする。


つまり、安全性の確保の重要な意味は、反復練習の可能性を広げることにあるのだ。また、戦いの検証可能性を拡げ、戦略的な視点を養成する意味がある。

補足を加えれば、スピードやテクニックを限界的状況で磨くことも重要だ。しかし、そのようなことを求め続ければ、身体を破壊する可能性もある。

そのような限界的状況を何度も繰り返すのは、常人には不可能に近い。

フリースタイル空手が大事にしたいことは、より多くの人に武道の試合体験を繰り返し可能にすることだ。


勿論、頭部打撃の訓練や寝技や関節技、レスリング、柔道、相撲など、他の武道、格闘技の修練も奨励する。

なぜなら、背後取り倒し技が得点になる、FSK(フリースタイル空手)では、相手の首を掛けたり、首を取る攻撃を見切る眼を養うためには、ボクシングなどの練習が役に立つからだ。つまり、頭部打撃をかわすような、打撃技を見切る眼が必要になるのだ。

また、レスリング、相撲、柔道などの技術は、相手を倒すためのみならず、接近戦(組み合い)の状況でのより幅広い展開を可能とするために必要になるからだ。


その上で、FSKの組み技に慣れ、楽しくなっていけば、寝技などの技術も自然に学びたくなるはずだ。なぜなら、FSKの組技は、密着した状態における身体感覚を重要とする。

そして、グランド状態における寝技も、スタンディング状態同様、相手との間合いや位置取り、防御法、崩し等の原理を学べる。それらの原理は、スタンディング状態における戦いにも役立つはずだ。

また、何より密着して戦うことの面白さ、格闘技の奥深さを学ぶには有効である。



【最後に】
最後に、私は人生の大半を空手に賭けたと言っても過言ではない。しかし、最後に望むことは、空手が人と社会により広く受け入れられること。そして、より役立つものとなることである。そのためのキーワードは、人間教育以外にはない。そのための方法は、様々あるだろうが、私が考える最善は、より多くの人が長きに亘り、楽しめるようにすることだ。

現在は、画餅と笑われるかもしれないが、心の底から、そのようになることを願っている。



【蛇足ながら】
蛇足ながら、私は柔道が大好きである。レスリングも素晴らしいと思う。
私は、フルコンタクト空手が柔道やレスリングのように学校教育に認められるようになればと、兼ねてから考えてきた。正直にいえば、私が中学生、高校生のときからである(ゆえに誰にも負けたくなかった。おそらく、負ければ、誰も私の意見など聞かないだろうから・・・)。

そして、空手を好きになった子供達が、空手を“てこ”に、高等学校に推薦で入り、大学を推薦で入り、学生生活を謳歌し、企業に受け入れられていく、そして、社会人として社会に貢献し、自分自身の人間性を高めていく。それを持って、斯界(空手界)に恩返しをする。そのような循環が生まれればと思い続けている(その思いを実現するために、フリースタイル空手プロジェクトはある)。

さらに、スポーツのみならず基礎学問(勉強)も必要性も伝えたい(若い頃の私は、練習ばかりに熱中し、勉強を疎かにしたが・・・)。
なぜなら、いつの日かFSKが機能し、膨大なデータが蓄積されれば、どのような戦い方をすれば良いかを、合理的に考察できるようになるだろう。そして、そのようなデータを活用し、自己の戦いに活かし、よりFSを楽しむためには、最低限の基礎学問は必要だからだ。

私は、FSKのプレイヤーならば、必ず心身を鍛えるのみならず、基礎学問の必要性も理解すると考えている。



私は、失敗だらけの人生を送った、アウトサイダーだ。しかし、アウトサイダーを自覚しているからこそ、後に続く子供達には、大道を歩んでもらいたい。

(終わり)