http://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2014/11/05/kiji/K20141105009232180.html
あの佐藤由紀彦選手が今季限りで引退します。先日長崎で引退セレモニーが執り行われたそうです。
かつては東京の貴公子として人気を博し、ウチだけでなく清水・山形・横浜FM・柏・仙台・長崎と在籍した全てのクラブでリスペクトされていました。
端正な見た目に反して、複数のクラブを渡り歩いたかなりの苦労人です。
またメディアやファンに対するきちんとした対応でピッチの外でも愛されていました。
負け試合の直後にコメントを求めると憮然として素通りする選手も中にはいるけど、由紀彦選手と戸田選手はいつも丁寧に受け答えしてくれたと2000年頃に藤丸由華さんがコメントしていた記憶が有ります。
また練習後には若い女性にだけニコやかにするわけでなく、野郎に対してもキチンとファンサをやっていた記憶も有ります。

当時JFLにいた山形でブレイクしたあたりから佐藤由紀彦選手の名前を知りましたが、その佐藤さんが1999年にレンタル元の清水ではなくなぜかFC東京に移籍してきました。同年の菓子杯快進撃の原動力になってニューヒーロー賞を受賞していました。
2000年に東京がJ1昇格すると当時鹿島から増田選手が移籍してきて出場機会を減らしましたが、翌年2001には絶好調を維持してレギュラーを取り返して一気に日本代表候補まで昇り詰めた時には自分の事のように嬉しかった記憶が有ります。
しかし、このままずっと東京もユキヒコも応援し続けていきたいと思えるようになった矢先、2002年に原東京になってからは出場機会を減らし、2003年に石川直宏選手とトレードみたいな形で横浜FMに完全移籍しました。

主観的に見れば東京時代の佐藤さんが一番カッコ良かったと思いますが、客観的に見れば横浜時代が一番評価が高かったでしょうか。ドラゴン久保に良質なクロスを供給し続け、OBの金田さんや水沼さんも当時スポーツ番組で何故ジーコは彼を代表に選ばないんだ?と不思議がっていました。ただ翌年2004年になると田中隼磨選手の台頭で出場機会を減らします。

2005年に古巣の清水を経て2006年に柏に移籍したあたりで30代を迎えて、由紀彦選手の存在がプリンスからレジェンドに変わっていったように外から見ていてそう思えました。
右サイドからセンスの良いチャンスメイクをする選手としてだけでなく、ベテランらしく若手選手にも良い刺激を与えつつベンチ内外で鼓舞してチーム力をボトムアップさせているような話も聞くようになりました。
J2リーグは「魂が磨かれる場所」だという名言も残して、当時J2にいた柏のJ1昇格に貢献していました。
その後2008年に仙台での在籍を経て2009年に長崎に移籍しましたが、長崎では6シーズンと長かったです。
ここ数年は怪我が長引いたり、マブダチの松田直樹氏があんな事になってしまったり、特にピッチの外で大変な苦労をされていました。
そう遠くないうちに引退の二文字を耳にすることになるのかなと思っていたら、案の定今月に入って引退の公式発表となりました。

敢えて本音で書きますが2003年に佐藤さんが東京を去った時には、あの時「だけ」は自分もマリサポに移籍してしまおうかと本気で思い悩みました。
この先FC東京にどんな凄い選手が現れたとしても、ユキヒコ選手が東京で輝きを放っていた頃の事は今後も忘れる事はないでしょう。
20年間にわたるプロ生活お疲れ様でしたm(_ _)m