1987年8月22~23日に阿蘇で開催された野外フェスティバルのフィルムが公開されていましたので、見てきました
。
場所はイオン板橋で所在地は板橋区徳丸ですが最寄駅は東武練馬と言う、板橋だか練馬だか微妙な場所でした。
上映開始からやや日にちが経っているので客足はまばらでしたが、当時の復刻版プログラムは入荷しては完売を繰り返しているようで、関心の高さが伺い知れます。
売店には各アーティストさんのベスト盤がちゃっかり(なんて書くと失礼ですが)置かれていました
。
今では邦楽ロック界の大御所も、当時は20代から30歳前後で皆さんギラギラしています
。
大自然の中リラックスした様子でリハーサルに臨んだり楽屋で談笑するお宝映像も映りました。
観客を7万2千人動員したらしく
物凄い盛り上がりが期待されていましたが、ライブ当日はとんでもない悪天候に見舞われました
。
オープニングアクトは「あの」ブルーハーツ。
一発目からブルーハーツって一体
と思いましたが、時期的にメジャーデビューしたばかりだったそうです。
演奏後に甲本ヒロトさんとレッズ(サッカーじゃないよ)のシャケさんが談笑しているシーンが映ると、次にレッド・ウォリアーズが登場します。
最近はテレビにもよく出て来て育爺
の方でも有名なユカイさんも若いです。映像を見てショックミーでした(驚)。
日が落ちて夜になると天気は大荒れになり、白井貴子さんが歌っている途中に機材が故障して音が出なくなってしまいます
。
ライブは一旦中断になり、キーボードやスピーカーなどを雨から守る為のテントが急遽設営されたり現場は大混乱です
。
雨と寒さで気分が悪くなった人は500人近く出て、会場だけでは間に合わず近くの小学校の体育館に運ばれたそうです
。
景気づけに花火が打ち上がるとハウンドドッグが登場。大友康平さんも「それが7万人の声か?もっと声出せるだろ
」と客を煽り発破をかけますが、雨はあいにくffのままでした。
午前0時を過ぎた頃にBOΦWYが登場しました。しかし雨はまだまだ暴威のままで、もはやこの時間帯に登場するバンドはギターやベースまでもがテントの下に避難していましたが、布袋さんは結構前に出て来ていました
。
一番見たかった尾崎豊さんは、深夜の丑三つ時(推定)に登場しました。
「シェリー」「Driving All Night」「Bow!」の3曲を熱唱する映像がありました
。
尾崎さんの次には渡辺美里さんが登場しました。リハの時も尾崎さんと美里さんが楽しそうに談笑していましたが、そう言えば初期の頃の渡辺美里さんは「女尾崎」とも呼ばれ曲調も結構通じるものが有りました。
大トリは佐野元春さんでした。SOMEDAYを熱唱する頃には夜が明け雨もやんで、半日耐久のロックフェスティバルは終演しました。
別名日本版ウッドストック音楽祭とも呼ばれてかなり有名だったようですが、このようなイベントが有った事は恥ずかしながらこのフィルムで初めて知りました。
会場が大雨で人里離れた山奥で、当時の日本の代表的なロックバンドが一堂に会した歴史的なイベントだった為にそう簡単に中止の決定を出せなかったのでしょうが、今後も語り草になり続けていくような物凄いライブでした。

。場所はイオン板橋で所在地は板橋区徳丸ですが最寄駅は東武練馬と言う、板橋だか練馬だか微妙な場所でした。
上映開始からやや日にちが経っているので客足はまばらでしたが、当時の復刻版プログラムは入荷しては完売を繰り返しているようで、関心の高さが伺い知れます。
売店には各アーティストさんのベスト盤がちゃっかり(なんて書くと失礼ですが)置かれていました
。今では邦楽ロック界の大御所も、当時は20代から30歳前後で皆さんギラギラしています
。大自然の中リラックスした様子でリハーサルに臨んだり楽屋で談笑するお宝映像も映りました。
観客を7万2千人動員したらしく
物凄い盛り上がりが期待されていましたが、ライブ当日はとんでもない悪天候に見舞われました
。オープニングアクトは「あの」ブルーハーツ。
一発目からブルーハーツって一体
と思いましたが、時期的にメジャーデビューしたばかりだったそうです。演奏後に甲本ヒロトさんとレッズ(サッカーじゃないよ)のシャケさんが談笑しているシーンが映ると、次にレッド・ウォリアーズが登場します。
最近はテレビにもよく出て来て育爺
の方でも有名なユカイさんも若いです。映像を見てショックミーでした(驚)。日が落ちて夜になると天気は大荒れになり、白井貴子さんが歌っている途中に機材が故障して音が出なくなってしまいます
。ライブは一旦中断になり、キーボードやスピーカーなどを雨から守る為のテントが急遽設営されたり現場は大混乱です
。雨と寒さで気分が悪くなった人は500人近く出て、会場だけでは間に合わず近くの小学校の体育館に運ばれたそうです
。景気づけに花火が打ち上がるとハウンドドッグが登場。大友康平さんも「それが7万人の声か?もっと声出せるだろ
」と客を煽り発破をかけますが、雨はあいにくffのままでした。午前0時を過ぎた頃にBOΦWYが登場しました。しかし雨はまだまだ暴威のままで、もはやこの時間帯に登場するバンドはギターやベースまでもがテントの下に避難していましたが、布袋さんは結構前に出て来ていました
。一番見たかった尾崎豊さんは、深夜の丑三つ時(推定)に登場しました。
「シェリー」「Driving All Night」「Bow!」の3曲を熱唱する映像がありました
。尾崎さんの次には渡辺美里さんが登場しました。リハの時も尾崎さんと美里さんが楽しそうに談笑していましたが、そう言えば初期の頃の渡辺美里さんは「女尾崎」とも呼ばれ曲調も結構通じるものが有りました。
大トリは佐野元春さんでした。SOMEDAYを熱唱する頃には夜が明け雨もやんで、半日耐久のロックフェスティバルは終演しました。
別名日本版ウッドストック音楽祭とも呼ばれてかなり有名だったようですが、このようなイベントが有った事は恥ずかしながらこのフィルムで初めて知りました。
会場が大雨で人里離れた山奥で、当時の日本の代表的なロックバンドが一堂に会した歴史的なイベントだった為にそう簡単に中止の決定を出せなかったのでしょうが、今後も語り草になり続けていくような物凄いライブでした。
