「顔があんまり知られていないのがちょっとねぇ、ハハハ」 | 彼女のマスターキー(レビューサイト)

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●北見恭子さん
 カラオケファンの間で口コミで人気を集め、ロングヒットとなった「紅の舟唄」。山形を舞台にした名曲だ。歌っていたのは民謡風なコブシがきいた声が印象的だった北見恭子さんだ。さて、今どうしているのか。

「街中のカラオケ店では『紅の舟唄』、漁場へ行けば『おいらの船は300とん』がワタシの代表曲ね。みなさんによく歌っていただいてる。ただ、元歌は誰が歌ってるのか。顔があんまり知られてないのがちょっとねえ、ハハハ」
 JR田町駅に近い喫茶店で会った北見さん、こういって苦笑した。大柄で華やか。和服姿とは印象が違う。
 山形県村山市出身。18歳で民謡歌手を目指して上京した。
「デビューは昭和48年で、百恵ちゃんや石川さゆりさんと一緒。民謡じゃなくて演歌でデビューしたんだけど、何枚出しても全然売れない。山形の人たちからは“ま~だやってんのか。早く帰ってこい”っていわれてた。それが昭和60年に発売された『おいらの——』が売れて流れがちょっと変わり、平成5年、『紅の舟唄』がヒットして、どうにか認めてもらえるようになったわ。最上川下りの船頭さんが舟をこぎながら、『紅の舟唄』を朗々と歌ってくれるのよ。これってスゴいと思わない?」
 実は「紅の舟唄」はヒョウタンから駒の産物だったとか。
「ええ、まったく別の新曲が用意されてて、それをレコーディングするためにスタジオに向かう途中、7センチのヒールがスーツにひっかかって転倒。右足首を複雑骨折しちゃったの。もちろん、即入院よ。だけど、ずっと前から決まってた新曲リリースのスケジュールは動かせないじゃない。で、前の年に出したアルバムに入ってた『紅の舟唄』をシングルカットしたってわけ」
♪この舟が酒田港に着くまでは わたしはあなたの こころ妻……と歌った「紅の舟唄」はまず山形から火がつき、たちまち全国的にヒット。演歌に振り付けをする新舞踊でも踊られるようになった。
「転んでつかんだヒットでした、ハハハ。もう少しの辛抱と自分に言い聞かせながらやってきたのが、やっと実った感じかな」

●ずっと独身。「こっそり子供を産んどけばよかったと思わないでもない」
 また、「おいらの船は300とん」ヒットの関係から漁船海難遺児チャリティーに取り組み、1985年に水産庁長官賞を受賞し、98年、農林水産大臣から感謝状を授与された。
「7月20日に『愛の真実』って新曲をリリースするの。なかにし礼さん作詞、浜圭介さん作曲って黄金コンビの曲よ。内容は愛と憎しみの狭間にいても、男の人を一途に思う可愛い女の歌っていえばいいのかしら。そう、ワタシにピッタリ、ハハハ」
 7月から8月にかけて寒河江市、余目町、小国町などで新曲発売イベントを行う一方、7月27日、「うえの夏まつり」のイベント「納涼演歌まつり」、8月6日、「山形花笠まつり」に参加する。
 港区内のマンションにひとり暮らしだ。
「結婚したいと思った人はいたわ。だけど、今と違い、ワタシの若い頃は男女関係はご法度だった。で、結婚か、歌手の道か。究極の選択に悩みに悩んだ末、今の人生を選んだの。ウ~ン、それで幸せだったかと聞かれたら、複雑よ。こっそり子供を産んどけばよかったと思わないでもない、が正直なところね」

(日刊ゲンダイ2011年7月13日掲載)

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