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masterik - 新しい朝が来た!(仮)

ブログの再会。

と、いうか再出発。

タイトルはまだ考えついてないから、思いつき?!

トースターの中のパンがうっすらと茶色に色づく頃を見計らって、
洗面台の蛇口をひねり最後の水滴の音を聞きながら
階段の2段目に置いてあるカバンを手にとる。


絞りたての牛乳が入った厚めのガラス瓶と、
昨日の夜、つくったばかりの甘い香りのマーマレード。
水色のチェックのテーブルクロス。


ちょっとばかりの静けさのあとの、いつもの忙しい朝をくぐって、扉を開く。

でも、その先の景色はいつもとちょっと違う香りがした。


車のドアを開けると、
おはようってその小さな空間がかたりかけ、
ぼくはハンドルにひっぱられて、
さわやかな風が頬をなでる。


また、一緒に走ろうっていってくれた。

それが何よりうれしかった。


そして、また次もあるのかってわくわくしてきた。

ちょっとした夢の中。


『またねっ』て言葉がいつまでも僕の中で踊っているその時間がとても好きだった。

選挙カーの大声はいろんなことを覆い隠すのにちょうどいいように考えられている。

普段、人が考えていることはあまりよくわからない。
ただ、今までの発言と行動をみていて、自分の中にある判断基準を通して、この人はこういう人だなんて当たりをつけて考えていることの予想をする。
それは自分が知ることのみでしか知りようがないからだ。

ところが、よく言われるようにコミュニケーションの大半は非言語的な活動によって成立していて、声の抑揚とかしぐさとか大きさで決定されてしまう。
まあ、ようするに声の大きな人間が得だということだ。

なぜなら、人は新しいことを吸収し、古いことを捨てていく便利な昨日を脳みそに持たせているので、直近で更新された情報ほど重みが大きく作用する。
そのときに便利なのが声の大きさである。
ほかのことを覆い隠すほどの大声で話せば、そこに内容がなくても大声にしたことだけが残る。

そして、件の選挙カーであるが、普段、候補者が何を考え、何をしているのかなんて、本当のところさっぱりわからない。
その相手が四六時中そばにいて、何もかも話してくれるのであればいくらかわかるであろう。
しかし、その場合もどのような業績を上げたのかを評価することはほとんどないだろう。
当然ながら、選挙のときだけ名前と性別しかわからない人がほとんとで、その中から投票する人を選ぶわけだ。

大声をだし、印象だけを残すことで、ほかの今までのことを覆い隠し、別の人格をそのときだけ生み出すことで、選挙を乗りきるってのが手なんだとつくづく思う。

これから、暑いさなか選挙カーの大音声が響くわけだが、耳栓をしてかすかに漏れ伝えられることを判断材料にしたほうがいいのかもしれない。