ときおり、当たり前の景色が自分には見えないことがある。
正確には見ていないということなのかもしれないが、自分の中の感覚では見えないのです。
誰かは気付くことはあるにせよ、自分ではわかっていないのである。
そして、何も感じていないのである。
で、思うのです。
あれ、自分、何もわかってなかったのか、みたいな感じで。
ほかの人が十分にしっていることが自分は知らない。
大事なことであるはずのことを知らない。
ただ、それに出会わなかったからなのか、出会っていても注意しなかったからなのかはわからない。
でも、わかるのは知らなければいけないことはあるってことだ。
どうしたら、わかっていなければいけないことを知ることができるかを考えたときに、それは感受性でしかないのではないかと思った。
うん、きっとそうなんだな。
どんな、小さなことに気付くこと。
それが大事。
たとえ、相手が動かなくても自分が動いているから、お互いの位置関係は変わっている。
だから、動いていないということはない。
そんなことも意識しながら毎日を過ごすことが大事。