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masterik - 新しい朝が来た!(仮)

ブログの再会。

と、いうか再出発。

タイトルはまだ考えついてないから、思いつき?!

今、山崎豊子の作品『不毛地帯』を読み終えた。
むかし、NHKの特別ドラマで彼女の書いた『大地の子』を見て以来の好きな作家さんだ。

自らの体験や経験の内から想像して書き上げていく小説が多い中で、彼女の作品は綿密な社会調査の上でたくさんの登場人物を交えながら描き出していくスケールの大きな世界観を持っている。
今秋、ドラマ化されるのも彼女の作品のうちの一つであるが、読んでいる途中だったので、続きを読むことにした。

この作品の舞台は戦後復興期から高度経済成長時及びオイルショックなどの時代背景とした商社が舞台になっている。


話し自体はドラマにや小説に譲るとして、作中にでてくる自動車産業に関して取り上げる。


作中では、多少名前をもじりながらそれとわかる名称で会社の名前がでてくる。トヨタ、日産、ホンダ、富士重工、三菱、マツダなど、がでてきた。

この作品が書かれたのはバブルに浮かれる前の日本であるから、いまの業界地図とはだいぶ違うものであるが、BIG3とのやりとりなどがあってなるほどなぁと思いながら、実際のところも知りたくなった。


で、本エントリーで書こうとしているのは、そんな本筋の話でなくて、最近の自動車関連のCMの見せ方に関して。

CMは数多くある会社のプレゼンのうちの一つであるが、広告手段が多様化した中において効率的にマスに認知させるのに、いまだにテレビCMにたくさんの資金がつぎこまれている。
そして、もっとも潤沢な資金をつぎ込んでいる産業のうちの一つが自動車産業である。

自動車は新車の開発費がとても高く設備投資も莫大なので、投資資金の回収に当たっては多くのユーザーの心を掴み、購買を促進しなければならない。

しかし、日本においては自動車は多くの仮定に普及して、販売単価が高いとは一般耐久消費財として扱われており、登録台数自体も伸びるわけでもなく、もっぱら買い替えといったものになっている。
また、メーカー自体のブランドも浸透しきっているので、会社自体を知らないということはない。
なので、商品である車種の宣伝をするわけであるが、各社でいろいろな訴求の仕方をすることになる。

で、ぼくがテレビCMから注目したのは数字の公表の仕方だ。


1社はイメージを大事にして、走っている姿がもっとも浮き立つように、そして実際に乗っている人がどんな人なのかをイメージするCMを流している。
しかし、たくさんの車種を抱えて販売数も圧倒的なので、価格自体を前面に押し出さずに、あくまでユーザーがブランドに飛びつくようにクオリティを大事にしている。
そして、敵がいないせいなのかもしれないが、比較広告を打つことなく優雅なイメージを押し出している。


もう一社は、お手ごろ感をだすためなのか、価格なども出して消費者が具体的な行動を起こしやすいようになっている。
ただ、車種がどんなものがあるのか、強い訴求力のある広告を打っていないような気がする。


もう1社はというと、これが微妙な広告の打ち方をしています。
自社の中で一番に売れていますとかそんな訴え方なのです。
外国企業の経営者が迎えて超絶回復をはたしたともてはやされた時期があったけれど、まあ帳簿の評価次第でごまかせたりもしたから、うまくやっているというの印象が強いです。


普段、何気なく見て、刷り込まれているCMではあるが、ちょっと細かく見てみるとそれぞれの立場が出ていて面白いなと思う。


ちなみ、自動車の広告戦略として、取り込むべきポイントは以下の通りと考える。

・コーポレート・ブランドの維持を目的とした会社戦略に対応した一貫したイメージの構築。
・多様なライフスタイルに適切に対応する車種の提案。
・再びデフレ傾向にあることで悪影響のある自動車ローンがネックになるので、手ごろ感の値段であることの認知。
・燃料価格の乱高下があるので、燃費に関することがら。
・自動車のあり方も含めた新しいライフスタイルの提案。
・あとは、環境問題にはマイナスなので、洗練されたイメージによるマイナスポイントの軽減もしくマスキング。


消費者の購買の促進のために買い替えのタイミングを短くしていこうとするのだけれど、そのために開発を進めていくと車の耐久性が増し、完成度が高まるにつれて、買い替えも起きにくくなっていってしまうのジレンマがあって、なかなかうまくいかないものだなというところです。

ちょっと頭の体操をやってみた。


結果のグラフの形からいって正規分布だから、偏差値に重みをつけて何かの数字をかけているのかもしれないが、学力偏差値といっしょだな。


で、おいらのスコアは120ちょいのHighってとこか。


まあ、それなりに普通ってところだ。


http://www.iqtest.dk/main.swf


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健康に対する消費者心理の歪み


人間誰でも、自分はいつまでも元気で生きていたいと思うもの。
それを一番実現するのは健康でいること。

だから、何よりも健康を大事にします。
では、健康とは何かを考えたとき、病気がない、けがをしない、障害がない、若い、きれいとかの言葉が思い浮かびます。

これらが損なわれることは不安にもなります。
不安に襲われるとどうにかしなければいけないという真理心理が働きます。

これらのことを脅かすものがあると、対抗しようとするか、排除しようとするか、改善しようとするかのいずれかの方法をとろうと考えます。


そして、その方法をいろいろと思いつくわけですが、その方法を見つけ出すのに自力でやろうとすると的を射ていることが難しいのではないでしょうか。

というのも、不安や恐れを描きたてられているときの自分に対する見方があまりきちんとされていなくて、とにかくどうにかという心情面での先走りのために見落とすことが多々あるのが現状でなないかと思います。

そして、この心の隙間に入り込んでくるような商売をしている人たちがいます。

例えば、美容でいえば痩身、美白、アンチエージングだろうと思います。
もちろん、社会的に一定の評価を得て、正当であると考えられている健全な業者も含めてなのですが、その効果が実際は曖昧な基準の上にあり、ちょっと時代が変わればそんなことは通じないことを今の時点においては最大限自分たちの努力でなんとかしますよというスタンスで営業を行っている。


あるとき、ちょっとしたきっかけで提供している財サービスの評価が落ち、その財サービスが欠陥であると判を押されることがある。
提供した財サービスへの科学的客観的基準に対する比較において問題がなくてでもある。


その際のきっかけはどうしようもなく、救いがたい理由によるものもあるが、そういったものは世に出る前に何十にもフィルターにかけられてくるので、そうそうはお目にかかれない。
一方、微妙なライン上をまたいでくるものに関して止めようがないのでたくさん存在する。

だが、それを受け止める側においてはその峻別ができない。


では、なぜ見分けられないのか。
情報にアクセスするためのインフラはこれ以上にないくらいに整っていて、そのコストも非常に安いのである。
調べようと思えば調べられるのに、それができない。


感情と思考の微妙隙間をついているのではないかと思う。

情報インフラが整う前の社会では、世の中の人はよくわかっていないだろうから、丁寧に教えてあげて、それを実現するためにはうちの会社のものでしか役に立てないでしょ、みたいなロジックでガンガンと偽善的親切心で売ることができた。
情報インフラの整った今の状況では買う側はじっくりと情報をかき集めて、こんなことが世の中にあるということを充分に知った上で、自主的に商品を選ぶようになった。
結果、消費者は自分基準で商品を選ぶことができたと自分の選択ができて自分自身を満足させられると思うようになった。


しかし、落とし穴がある。
それは選んだと思ったものが実は選ばされたということに気付かずに、集めた情報の本当の意味を理解することができない。

つまりはこうだ。
商品のうたい文句は、これは改善が○○%見込まれるとか、○○成分が入っているのでよい、とかそんな言葉により購入する。
そして、そのうたい文句はその通りであることが多いのだが、そのうたい文句の意味していることが果たして何を意味しているのかを理解できない。

比較対象は適切なのかとか、効果測定はどの条件でどの方法を選択したとかがわからない。
その方法が分かったとしても、結果と商品の関係が実はわからなかったりもする。

でも、ここが一番重要なんだけど、みんな忙しいとか面倒くさいとかですっとばしてしまう部分。
そこまで考えなくても、確かめる方法がどんなものがあって、どうしたら知ることができるのかを知っているかだけでも違う。


先日、家庭用食用油に含まれる成分中に発がん性に関して議論されている脂肪酸エステルが入っていることにより、安全性を考えて問題になる前に自主回収を行った。
これは昨今の消費行政の取締りが厳しくなり、消費者の監視の目もごまかせなくなってきた認識の下で、先回りの対応により企業の健全性のアピールが狙いだったと思う。
ネット上のプレス文では問題がないと発表されており、本来ならば問題になるまで放っておいてよかったものだと考えられる。


だが、消費者の側の反応はそれに対してネガティブに振れてしまった。
ほかの商品よりも安心して使えるのだから選択したきたのに、そうやってまわりの人の口コミも頼りに選んできたのに、これでは使用してはいけないものではないかという空気を生んでしまった。現に、まわりでも自分の家でも使っていたという人がたくさんいた。


いや、でもちょっとまてよっと。

確かに成分中に発がん性物質が含まれてはいるが、その成分はどの程度摂取すれば疾病し、またもとの油脂はどのくらいの量になるのかわかっているのだろうか。
そこらへんが曖昧というか、蒙昧というか、要するにきちんと見ていないのだ。

どちらかといえば、油脂自体の摂取過剰による生活習慣病のほうを心配したほうがいいくらいだ。
これは予備知識としての啓蒙がものをいう世界なので、知らない人は知らないままなのだ。


とはいえ、個人にとっては普段の生活の中で考えなければいけないことがたくさんあって、そのたくさんあることのうちのひとつが健康なので、いちいち対応することは骨の折れる作業だ。
ゆえに、先日できた消費者庁なるものがプラスマイナス両側面において期待が膨らみすぎて誤解を与えるような財サービスが出てこないようにしてほしいなと思うです。


個人的にはデータベースの充実ですかね。
Wikiでは対応できない確実性の高い正確な情報の提供していただきたいものです。