書く事無いな…不勉強なリスク論とか?なぜ景気の波を日本銀行は調整せねばならんのか。その振幅を小さくし社会的な安定性を保つ為、それなら聞こえはいい。ストレスが環境との適合を目指し体を活発化させると同様に、リスクも社会を活発化させる。80年代以降発達した金融工学が発明したリスク・マネジメント、それはリスク・ポートフォリオをスタビライザーに多彩な金融商品を生み出す結果となった。ただココでひねくれた前時代的な概念を持ち出すならば、一見ベンチャー投資等新たな投資先を作り出す一方で、その管理者の姿勢によっては、例えば官僚機構が責任の拡散化させる様に、存在を正当化し、富を偏在させる可能性を持つ。逆にその情報の客観性を利用した新しいリスク管理手法こそがテロリズムに相当したりする訳で、そんなモンとの戦争自体、存在しうる訳も無く、概念的な矛盾を呼び込んでしまう。その矛盾が隠匿するものを、ホリエモンごときでサーバーダウンするこの国が、本質的に避ける事が可能なのか。例えばその国の流動的人材管理、成果主義を標榜する資格があるのか、いささか疑問に残るところではある。政治的革命の時代は過ぎ、いまは政治的発明、特に「新資本主義世界」への適応を目指した、まあマニフェストなんぞ使い古されてた言葉じゃあれだが、もう一つ、ポピュリズムを超えた一大目標が欲しいところではある。
昨今気にはなるのが尊厳死か。いや、前文と関わりはないけどね。死もリスクが商品化された世界では、保険という正の枠組み以上に、新たな方向性が欲しい、新たなリスク分野ではないか。死は穢れだか知らないが、この権利の分散こそが、安定した民主主義の源泉となっている。今の社会自体、死を防ぐ事で強制的にボトムアップを維持する部分がある訳で、これの自由自体の管理を未だ恐れている。つまり尊厳死の問題もまた、未だ続くリスク革命の延長線上にある訳で、一つの挑戦状になっている。個人的には日本が二番煎じでない、本来の人間性・思想的自由を掲げる先進国であり挑戦国となる為には、これを指示したところではある。とかなんとか、どうなんだ。もういいか。
ゲームはまだまだ戦闘アニメ。もう秋田。あとちょっとなんだけど。もういいでしょ、遅いし終わり。
昨今気にはなるのが尊厳死か。いや、前文と関わりはないけどね。死もリスクが商品化された世界では、保険という正の枠組み以上に、新たな方向性が欲しい、新たなリスク分野ではないか。死は穢れだか知らないが、この権利の分散こそが、安定した民主主義の源泉となっている。今の社会自体、死を防ぐ事で強制的にボトムアップを維持する部分がある訳で、これの自由自体の管理を未だ恐れている。つまり尊厳死の問題もまた、未だ続くリスク革命の延長線上にある訳で、一つの挑戦状になっている。個人的には日本が二番煎じでない、本来の人間性・思想的自由を掲げる先進国であり挑戦国となる為には、これを指示したところではある。とかなんとか、どうなんだ。もういいか。
ゲームはまだまだ戦闘アニメ。もう秋田。あとちょっとなんだけど。もういいでしょ、遅いし終わり。