エンターブレイン社刊行の「機動旅団八福神」を3巻まで、サンデー社刊行の「史上最強の弟子ケンイチ」を19巻まで読了。前者は台詞回しが面白かった。
力は本来語れるものではないし、妄信するものでもない。コミュニケーション理性が情報過負荷の時代に形が歪み、孤独なんて生易しいもんじゃない「駅の少ない人生のレール」に閉じ込められ、流行や占い、政治や民族性等合理的思考から本来外れた「あいまいな大きな枠組み」でしか共通項の無い時代、少年のころ得た一瞬の感得、例えば新聞や雑誌の受け売りから「マニア」へ、しかし生産者側の門戸は狭く、結果消費者側内で消費量の競争が行われる資本主義的合理性の枠組みから外れた全体的生産性=全体的競争量の矛盾、その世界を眼前に統一するのは欲望の種類を同じくする小集団への帰依だけ。

全然関係ないが、先週の日経、多分日曜日の書評欄かな、まあこの新聞アテにならない事(経済を扱う民間企業だからこそ)大山の如しだが、市場主義のルール作りに関する考察が書かれていた。結果ミクロレベルでの自律に頼るあたり、限界が見える。実際論壇では金におぼれたドザエモン事件以来、一種の暗闘が行われているらしく、金融緩和解除後のマネーの流れとその構造を睨んでの事らしい。単純にいえば、直接金融推進か間接金融維持か。流動的モラル=コミュニケーション理性の崩壊減少、バブルを起こさないのはどちらでしょ、そんな話(本当かよ)。
畜生、滅茶苦茶話が逸れている。なんだっけ、八福神。そんな世界での小さな、偽善を越えたヒューマニズムの維持に、偏愛の極、フェチズム、変態性をもってくるのがすばらしい。

とにかく台詞は量の「銀魂」と逆方向。こりゃエヴァンゲリオン+茄子だろと開始数ページで気が付いたが、デコポンの戦いぶりを見る限り「見たことの無いもの」が1個でもありゃあ漫画ってのは満足できるものだとしみじみ。「いばらの王」といい、この社の漫画はなんか持て余してる感じがある。絵柄的に月刊だと思ったのだが、この手のオタク系出身の書き手をジャンプ並みに酷使すれば、この共通する感性(現実性と諦念と合理主義的世界で欲望が地位を逆転、などなど)が一般化できるんじゃないだろうか。どうでもいいか。だがこの大風呂敷、絶対纏められないと確信。
ところでツクールもエンターブレイン。ツクール製ゲームのプレイヤーが世の中どれだけいるか知らないが、ファンタジーばっかじゃなくもう少しこの辺をテコ入れ出来ませんかね。

後者はムチプリの小娘が全身タイツ?を着、あられもない格好で戦う絵柄が誤解されやすい少年漫画。どうも自分は良く言えば類型化、悪く言えば決め付けが好きで、これも在り来たりの枠組みを想定してしまう。エアマスターとか天上天下とか。しかしなんかスカッとした。もうこれだけ。

あまりこういう話をすべきでないが、ゲストブックに書いて頂いたサイト「Yaikoの恋人日記」が恐縮ながら当ブログをお気に入り登録をしてくださったらしい。内容はエッチネタが多いのだが、我がブログの潜在的エロさが見抜かれた事に衝撃。エロく生まれてきて父上母上ごめんなさい。絶対ネタの選び方でバレてる。「史上最強の弟子ケンイチ」の話とか普通しないし。こんな内容だからこそもぐり更新。でも早寝は本当。そして今刻一刻と明日の危機が大きくなる。慌てて終わり。