こういう長いタイトルって、エラー起こしそう。
真綿で首を絞めるように、水滴が岩を削るように、珊瑚が赤みを増してゆくように、ガスが集まって新しい星が生まれるように、小さな細胞分裂を繰り返し人類の一歩が踏み出されるように…書くことが無くなってまいりました。どうしよう、こんな事やってるうちにトリノ終わっちゃったよ。オープン戦まで始まり、古田の野郎が初采配とか抜かしてやがる。

今日も自作ゲームの数字いじり(足し算と引き算だけ)に集中する。しかも雑念多くゲーム成り難し、まるで進まず。長く感じられるくせに何の役にも立たない、神も涙する無意味な休息日を送ってしまった。しかも素面なため、なかなか耐え難い憂鬱な気分。

そんな気分を救って(嘘だけど)くれたのがハムナプトラ。金と権力と女と幸運に支配されたステキ空間にしばし酔いしれる。ご都合主義の展開やウザイキャラクターでも、面白いものは面白い。観るの6、7回目だぞ、下手したら。アナクスナムーン。何故か裸で歩くぞアナクスナムーン。

この竹を割ったような荒唐無稽な展開術を見ていたら、自分の作る話の息苦しさを反省。少しエッセンスを頂こうと猛禽類の狩の瞳で映画を眺めてたら、自作の2段階目はシュミレーション風にしようと思い立つ。この辺の論理はガチョピンタウンの住人しか理解できないのだが…。
ただし「信長の野望」の様な野太いやつではなく、いわゆる「育成系」の「ああ、何だ、あれね」って感じのショボイやつ。選択肢で好感度だのを上げる、一番ナンパな奴です。
ゲームシステムは自由度が高めなので、複雑なシナリオは作りにくい。なので仲間ごとに筋の通ったシナリオにすれば楽。ダンジョンはいずれ飽きるから、世界ごとのシュミレーションで一定の成果を上げれば話が広げやすいだろう、そんな発想。

密かな野心、というか目標だが、そもそもゲームとはなんぞやくらい先祖がえりし、ツクールの枠組みに囚われない「ミニゲーム」を作りたい。いかにも小人的発想だが、無駄に規模がでかくなってる今ではそれが限界。人生の致命的な部分まで、フリーゲームに注ぐ余裕が無いのです。

充電充電といいながら目の前の瑣事に追われそれもままならない。正直ゲームが重荷になってきた。以前同じ事を書いたが堀井雄二(うおっ、一発変換)曰く「どんなゲームも脳内にあるうちは名作」そろそろその脳内の塊が一向に減らないのにウンザリしてきた。下手したらプレイ時間が十時間くらいで容量50M以上とか視野に入ってるんですが、何とかしてください。もう終わり終わりだ、終わりいぃぃぃ!