ドラクエの呪縛と盲腸仕様(発熱地帯)
http://amanoudume.s41.xrea.com/2006/01/post_141.html

さあ今読んだばかりで何も考えてないぞ。なぜ突然リンクか。まあ面白かったから。最近のゲーム知らない人間が記事感想のようなもの。
自分がプレイしてきたゲームは6、7割がRPG。絶頂期?はFF5あたり。マジで古いが…PSに入ってからついてけなくなった。メジャーな作品から貝獣物語だの時空戦記ムーだの中堅くらいまではプレイをして来た。個人個人のプレイスタイルは嗜好によって様々だと思う。何事も量をこなすうち作業は効率化されるわけで、自分は「音楽と文章」に好みが集中した(自作でもここだけはこだわった、つもり)。記事内ではRPG内のテキスト不要論が指摘されている。以前似たような事を書いたが、拙い映像は想像力を喚起させなければ(テキストで)感情移入はないわけで、しかし映像が進化するとそれ自体がプレイヤーの想像力、リアリズムを凌駕する。その極がアドベントチルドレン(とやら)らしい。
果たしてRPGの先にあるのが「映画」か、まあ否でしょう。一方的過ぎる。ならネットゲームとか?やった事ないしなぁ…。RPGの核は成長システム。物語もこれを実感させる為にある。多分FF以降のRPGはこの物語が乖離して、彷徨ってる状態なのかな。そこで思い出されるのが「パラサイト・イブ」というゲーム。古いけど。要バイオハザードRPG。昨今の作品も映画的だがこれも1つの極。だがこれが名作なのはその「密度」とリアリズム。アイテムを取らずにいるとクリアできんバランス。これはシステムが物語に近づいて、魅せる事に成功したゲーム。ロマンシングサガはシステムに物語が近づいたケース。では様式としてのテキスト。ドラクエ型のありかたは、となると結局現代ゲームの集大成、となるのかな。あるいはゲームに「感動」なんかの現実的影響力を望む、ある意味では現実志向なプレイヤー。
今は個々のゲームの開発コストが上昇しマーケティング圧力もあって専門化したものしか「作れない」状況になってるが、ここからがアレな意見だがツクールの様な共用ソフトに活路があるんじゃないか(今ツクールも駄目だけど)。微妙だな…無理矢理か。自分が言いたいのは皆RPGの様なプレイスタイルに柔軟性が足らんものは忙しい人間にはプレイする時間が無い訳で、昔は価格をプレイ時間で割って「長く楽しめる」ものが好まれたが今は機会費用が上回ってる気がする点。質・密度重視。
しかし市場ってのはわからんもので、ドラクエ345万本も売れてるしな…それが過ぎりゃアドベントチルドレンってのも乱暴な話。個人的にはどこぞの規制ゲームとは違った意味で、現実性が足らん。一時作家主義が流行ったが、今は枝葉でリードする時代なのか。RPGを忌避してるのはプレイヤーじゃなくメーカーだと思うがな。いっそもっと「作り手、下手すりゃ個人」側をブランド化していってはどうでしょ。それも長期的に。映画はまさにそれだし、他に感性の売り込み方ってあるのかね。これこそ資本主義。今必要なのはゲーム市場を体系化し、買い手が理解できる仕組みにするじゃないかと思ったり。購買意欲の認知の段階で補助するわけ。まとまらん。ところで終わり。今日はPC漬け、もううんざり。

☆コメントチェックに来たついでに、画像アップ。それだけ。