「あ、目が覚めた?」
俺が目を覚ますと、満面の笑みを浮かべているリティアさんの顔が目の前にあった。
不意なことに多少戸惑う俺だったが、落ち着いて今置かれている状況を思い出してみる。
えーと…倉の掃除をしていたら炎狼牙の声を聞いた。
そしてアナザーオブアースの存在と人類が今危機に陥っていることを聞かされた俺はテトラを倒す決意を固めた。
そしてパソコンのディスプレイに吸い込まれ、ケーブルの中みたいな所を通って、この研究所にやってきた。
研究所に着いてすぐに、炎狼牙に「リティアに会え」と言われて、硝子張りの通路を歩き、自動扉をくぐって、巨大なコンピューターのある部屋に入った。
そこに、リティアさんが居た。
多量のデータを捌いていたリティアさんは「手が放せない」といい、それが終わるまで待とうと思った俺は、壁に寄りかかり待つことにしたのだが、知らない間に眠ってしまっていた。
そして夢を見ていた。
仕事を終えたリティアさんは俺の頬を叩いていたらしい。
そして現在に至る。
こう思い返してみると、随分と昔の事の様な気がするな。
殆ど昨日、今日の事なんだけどな…。
…少し思い出し過ぎたか?
俺はまだ確信の持てないリティアさんらしき人に確認を取ることにした。
「あなたが…リティアさんですか?」
「はい。私がリティア=リーフです」
やっぱり。
この女性が炎狼牙の言っていたリティアさんだ。
「お待ちしていましたよ、漸君。早速ですが…どのくらい聞きました?」
…?
「何をですか?」
「こっちの世界の事です」
俺はその後、リティアさんに炎狼牙から聞いたことを話した。
「…ということは、この世界の存在くらいしか分かっていないって事ですね?」
はい…面目ない。
「ふふ、大丈夫ですよ。私が話してあげますから」
俺はこれから、リティアさんにアナザーオブアースのいろはを叩き込まれる事になる。
説明しているリティアさんの様子はなんだかとても嬉しそうだった。
それに、リティアさんの声は高くて透き通っていて、聞いていてすごく落ち着く。
またうとうとしそうになったが、耐えた。
それにルックスも申し分ない。
歳はそれなりにあるはずだけれども、まだ幼さが残る顔立ち。
笑顔がいいな。
まぁ、俺の個人的な意見だけどな。
「この世界…名目上はリティア=リーフ研究所ですけど…」
あれ?
この世界はアナザーオブアースではないのですか?
「アナザーオブアースというのはこちらの世界の総称です」
総称…って事は?
「この研究所を初め、アナザーオブアースには『世界の断片』と呼ばれる数々の独立した世界がある、という事ですね」
へぇ…なるほど。
他の世界の断片には自由に行けるのですか?
「行けると言えば行けますが、行けないと言えば嘘になりますね」
…?
どういう事ですか?
「あなたは今、普通の人間でしょう?」
…まぁ、そうですね…。
「世界の断片間の移動は、術士以外は創造士の許可が無いとできません」
術士と創造士?
「ああ、術士というのは破導士と魄術士の事です」
破導士と魄術士と言うのは?
「魄を用いた戦闘術を使用する人達の事です」
魄?
リティアさんは俺の言葉を聞いたや否や、額に手を当て、大きな溜め息を吐いた。
「本当に何も聞いてないのね…」
…すいませんね、無知で…。
「玲や綾瀬ちゃんから何も聞いていない…ですよね?」
はい。
「……」
リティアさんは何か呟いていたが、俺の耳には届かなかった。
俺は寺に生まれた身だけれども、そういう裏の事には疎い。
こっちの世界の事も、昨日知ったばかりだ。
つーか…寺の事と関係あるのか…?
その後、リティアさんは無知な俺に魄の事を詳しく、解りやすく教えて下さった。
話が思ったより長く掛かったので、要約した事をお教えしよう。
間違っているかもしれないが、そこは大目に見てくれ。
「魄」というのは、生命を持つ物全てに有する目に見えない力だそうだ。
「気」と同じような物だと思ってもらえればよろしいだろうか。
という事で、俺にも魄があるらしい。
魄を使うには、魄術士か破導士になる必要がある。
この二つは纏めて「術士」と呼ばれている。
魄術士か破導士になる為にはプレートかリングを起動させればいいそうだ。
破導士はリング、魄術士はプレート。
起動させるには、プレートかリングを手にとって、「創造」の言霊を唱え、起動した方の士になる。
個人個人で起動する方が違うそうだ。
ああ、言霊というのは呪文のようなもの。
一つ紹介させてもらおうか。
「創造」の言霊を。
「形無き力よ 我を媒介に、今一度その姿を創造せしめん」
だったかな。
これはリティアさんから教えてもらった訳ではない。
何?
何故俺がそんな事を知っているかだって?
答えは簡単。
この言霊は、俺ん家の宗教の経の一部だからだ。
日々の座禅を無視している俺でも、自分の家の経の一つくらいは熟知している。
…筈だ。
まだ小さい時に母さんに叩き込まれたからな…。
好きで覚えた訳ではないのだが。
小さい時に教えられた事は、成長した今でも案外覚えている物さ。
理屈は解らん。
それが人間なんだろうさ。
で、術士になった人は世界の断片間を自由に移動できるらしい。
魄についてはこんな所かな。
「そういえば、創造士は?」
「創造士は、世界の断片を管理している術士の事です。この世界では、私」
なるほどなるほど…。
「大体の事は分かってもらえたかしら…?」
はい。なんとなくですが…。
リティアさんは安堵の息を吐いた。
すると、リティアさんのコンピューターにデータが送られてきたようだ。
巨大なディスプレイには「completed」の文字が表示され、けたたましい電子音が部屋中鳴り響いている。
「あ、データが来たみたい。捌くから、少し待っていてもらえるかな?」
はい。分かりました。
リティアさんは微笑んで、キーボードの前に座った。
そして恐ろしいほどのスピードでブラインドタッチを開始した。
俺はディスプレイを見上げる。
文字列が並んでいるだけで、俺には何の事かさっぱり理解出来ない。
「これは何のデータなんですか?」
「研究結果と、他の研究所から来るデータです」
研究結果と言うと…あの下でやっていたやつですか?
「そうですよ」とリティアさん。
「下ではプレートに宿る術士の思念の解析を主にやってもらっています」
…思念の解析をして何になるんですか?
「そうですね…歴史の研究とか、世界の断片間のリンクとか」
リンク…ですか?
「ええ。世界の断片は全てが繋がっている訳ではないですから。
そのプレートに宿った思念の解析結果から世界の断片の座標を捕捉して、この研究所
とリンクを繋ぐ訳です」
なるほど。
「そういえば漸君、炎狼牙に何て言われて此処に来たのですか?」
え?
ご存知じゃないのですか?
「いや…私は連れて来てとは頼んだの。でもこの世界の存在を知らない漸君をどう説得 したのかな、って」
ぶっちゃけ、説得はされてないですね。
決意を固めたのは俺の夢の話です。
「それはどんな夢ですか?」
テトラに無力を嘲笑われました。
「テトラ…?」
ずっと動いていたリティアさんの手が止まった。
俺の方に向けられたリティアさんの顔は、深刻そうな顔だった。
「テトラが夢に出てきたのですか?」
はい。もう何回も。
「……」
リティアさんは顎に手を当て、何かを考え始めた。
急に止まったリティアさんからの情報に、他の世界の断片にいる研究者さん達もさぞか驚いていることだろう。
それは、俺も同じだ。
こんな反応されるとは思わなかった。
知っているんじゃなかったのですか…?
さて…。
いよいよ話がシリアスになってきた。
こういう空気はあまり好きではない。
俺は思案しているリティアさんに何か声を掛けようとしたが、生憎言葉が思い付かない。
俺はリティアさんの前で立ち尽くす事しか出来なかった。