ん?


…何だここ?


俺は何故だか真っ暗な空間にいる。


辺りを見回す。


周辺には何も無い。


ふと前の方(真っ暗だから前かどうかは解らない)を見た。


紫色の火が一瞬灯った。


次の瞬間、俺の目の前にテトラが現れた。


「うわ!?」


俺は内心半端なくビビった。


テトラだ! テトラが出た!


テトラはニヤリと笑った。


俺はテトラに背を向け、走り出した。


……?


あれ?


走っている感覚はあるけど、前に進んでない気がする。


真っ暗だからか?


突然耳元で声がした。


「お前も逃げるのか?」と。


俺は背筋が凍りついた。


このまま走っていても埒が明かないので俺はテトラの方に向き直った。


やはり進んでいない。テトラとの距離はさっきのままだった。


「真崎漸」


名乗っていないのに、テトラは俺の名を呼んだ。


「お前に覚悟はあるのか?」


覚悟?


何の覚悟だ?


死ぬ覚悟はないな。死ぬことは怖いから。


炎狼牙やテトラがいる世界に行く覚悟も無い。


面倒だし、怖いから。


俺はその言葉は口に出さなかった。


自分が惨めになりそうだから。


俺が無言でいると、テトラは呆れた表情をした。


「なんだ…奴の関係者だから強いものだと思い込んでいた私が馬鹿だった…殺す価値も無い」


そういうとテトラは紫色の炎に変化して、俺の前から消えた。


俺は安堵した。


そこで目が覚めた。


……いまいちパッとしない夢だ。けれどもしっかり網膜に焼き付いてる。


テトラが俺に幻滅してたな。


よかった。


……のか?


いくら俺が弱かろうが、テトラが俺に幻滅しようが、テトラを止められるのは俺しかいない。


夢の中でテトラは俺に言った。


「殺す価値も無い」って。


なんでか腹が立った。


俺が弱いのは解ってるさ。


チキンなのも解ってるさ。


けどあの言い方は無いだろうよ。


「殺す価値が無い」=「生きてても死んでても変わらない」と言う事だと俺は解釈した。


テトラがそう言って居なくなった時、確かに俺は安堵した。


けどいざ目覚めて考えてみると、やたら腹が立つ。


悔しい。


いくら夢の中の話とは言え、本当に腹が立つ。


俺はその時気づいた訳だ。


昨日まで行きたくねぇとか思っていたのに、今はテトラに復讐したいと思っている。


あれ…?


俺は向こうに行きたいのか?


……。


なーんだ…「覚悟」ってこんな簡単に決められるのかよ。


俺、何であんなに悩んでたんだ?


こんなに簡単だったのに。


俺はアホか。


…いいじゃん。


行ってやろうじゃん。


テトラだか何だか知らないけど止めてやらぁ。


俺を馬鹿にした事、後悔させてやろうじゃん!


そういう事だ。炎狼牙に伝えよう。


そう決めた俺は、着替えて一階に下りた。


居間のテーブルの上にいつもの如く朝飯が配膳されている。


俺は何も言わず黙々と目の前の飯を食った。


すぐに食べ終わり、「ごちそうさま」も言わずに倉へと向かった。


昨日、俺は扉を閉めずに戻ったので倉の扉は開きっぱなしだった。


俺は倉に入るなり、声を張り上げて言った。


「炎狼牙! 決めたぞ!」


すぐに反応が返ってきた。

「待ち侘びたぞ。では早速聞かせてもらおうか。汝の答えを」


「俺は向こうへ行く。そしてテトラを倒す」


「解っていると思うが、かなりの危険を伴う。それでも…」


「行く」


俺は炎狼牙が言い終わる前に答えた。


炎狼牙は少し間を空けて、言った。


「そうか。覚悟は出来たようだな


「ああ。これからよろしく頼むぜ」


「うむ」


俺と炎狼牙の意志が合致した。


「それでは案内致そう。少し下がっておれ」


炎狼牙の言う通り、俺は二、三歩下がった。


すると倉の床が徐々に開き、地下への階段が現れた。


おお…本格的だな。


「下りて参れ」


俺は目の前の階段を降りていった。


地下には、巨大なサーバーに繋がれたパソコンが一台置いてある質素な所だった。


炎狼牙の声が聞こえてくる。


「電源を入れてくれ」


言われるがままに、俺はパソコンの電源スイッチを押した。


パソコンが起動して、「Windows」のロゴが表示された。


これは普通のパソコンみたいだな。


起動画面が切り替わり、ユーザー名が表示されている画面になった。


アルファベットで書かれたユーザー名が羅列している。


そんな中、一つだけ孤立しているアイコンがあった。


俺はそれをクリックしてみる。


画面が切り替わり、一匹の狼が映し出された。


何だ…これ?


その狼は俺に向かって話しかけてきた。


「やっと会えたな。主よ」


少しビビったが、どうやらこの狼が炎狼牙の正体らしい。


狼だったのか…。


まぁ、炎「狼」牙っていうくらいだからな…当たり前か。


「主よ、これからこちらの世界へ転送する」


おうよ。望むところだ。


「一度ユーザー名の画面に戻す。主の名があるはずだ。それを選択してくれ」


了解。


画面はさっきのユーザー名の画面に戻った。


俺は自分のユーザー名を探すことにした。


画面をスクロールして、名前を探す。


俺の名前、俺の名前っと…。


Shinzaki」という文字を見つけた。


クリックしようとして、それは俺の名前ではない事に気づいた。


んん?


よく見ると「Shinzaki」で始まるユーザー名が二つある。


まず、上。


Shinzaki Rei


そして、下。


Shinzaki Sae


…母さんと冴…?


なんで二人の名前があるんだ?


あれ、冴の下にも知ってる名前がある。


Hasumura Ayase


綾瀬…?


やっぱりな。


綾瀬は向こうの世界の事を知ってたんだ。


俺はまた色々考える事が増えた気がする。


「どうかしたのか、主よ」


炎狼牙の声が聞こえた。


「いや…なんでもない」


けれど今は考えている場合ではない。


スクロールするのが面倒になったので一気に下までドラッグした。


案の定、俺の名前は一番下にあった。


俺は「Shinzaki Zen」のユーザー名をクリックした。


デスクトップの画面に切り替わった。


アイコンが二つある。


一つは「Data」という名前のフォルダ。


もう一つは「to Another of Earth」と名の付いたアイコン。


「主よ、アナザーオブアースのアイコンをクリックしてくれ」


了解。


俺はマウスポインタを「to Another of Earth」のアイコンに重ねた。


そして、力強くクリックを押した。


普段はありえないが、モニターが光り輝いた。


次の瞬間、俺は倉から消失した。



真崎漸こと俺、向こうの世界へ転送完了…


ってか。