経営事例 ~その5・アサヒビール③~ | 『 経営者のための 世界一やさしい負けない経営の授業 』 

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こんにちは(^o^)/



『リスクを制する者は経営を制す!

 経営リスク管理マスターの千葉圭三です。』




朝ごはんを食べたあと、

元気よく子供たちが外へ遊びにいくのを見ると、

元気をもらえたように自分自身が元気になれる

今日の始まりですが、

皆様はいかがお過ごしでしょうか?



さて、早いもので経営事例~その5~の

アサヒビールに関して、

3作目になり、今回で終了ですので、

最後まで読んで勉強していただけると幸いです。



前回、新作を出し続けるも、

売り上げが低迷してしまい、

勢いの良かった「スーパードライ」までも

売り上げを落としてしまう結果になったところまで

書いております。


このような状況の下、

1992年9月に社長が

瀬戸雄三氏へと交代になりました。



まず新体制になって、最初に掲げた目標は、

「売上の拡大」

「効率化の推進」


でした。

物流コストや購買コストの削減による

年間100億円効率化目標を全社に課題にし、

業務流れの見直しを要請していった。


また、業務が上向かくなった原因を

「一時の急成長に酔い、自らの怠慢で失いかけた。」

と、見出していた。



このため、緊張感を取り戻すべく、

成長のリズム感を作り上げるために

社長就任の挨拶で

「原点に帰る」

と、訴えた。



まず具体的に行ったのは、

「スーパードライ」を再点火させる取り組みであった。


今までよりもさらに新鮮なビールを消費者に

届けるために製造から消費までの期間を短縮する、

“フレッシュマネジメント活動”

をスタートした。


具体的に言えば、

製造後20日以内だった工場からの出荷制限を

「10日以内」

にする目標にした。


瀬戸氏の狙いは、高い目標を設定して、

それに挑戦する過程で社内に緊張感を醸成し、

結束と活気を蘇らせることだった。


さらに、スパードライに

『鮮度』

という機能を付け加えることで

新しい価値を生み出していくことも目的だった。


「単に売上や利益といった数字だけではダメで、

社員の意識と行動に改革を求めるためには

『何をどのように変えるのか』

というプロセスを目標として掲げることが大事。

その目標は、他社のモノマネでなく、

企業や組織の個性をしっかりと

主張するものでなければならない。

企業の活動に独創性がなければ、

秀でた競争力は生まれてこないはずである。」



と、述べている。


このフレッシュマネジメント活動を始めて

数ヶ月後、2,3年停滞していたシェアが

久しぶりに上昇していった。


この段階ではフレッシュマネジメントの

成果とは言えなかったが、

『やったからシェアが上がった。』

というふうな錯覚をテコに利用し、演出した。



こうして活動を軌道に乗せ、

製造後10日での工場出荷は年内にクリアして

6.5日に、翌年には5.8日にまで短縮していき、


結果、1996年には製造後5日での工場出荷、

1998年には、製造から店頭まで7日台を実現させた。



瀬戸氏がもう一つ行った施策として、

「フォーカス戦略」がある。


これは、フルライン戦略を取る他社とは逆に

「コクキレビール」を含む複数の製品を整理し、

再び「スーパードライ」に特化させた戦略だった。



広告も人気タレントを使うようになり、
(現在では福山雅治ですね!)

機能性を追求する路線に戻し、

従来の「辛口」「キレ」に加え、

「鮮度」を加えていく。


さらに、1993年6月から、

「生ビール売上No.1」

の広告を展開し始める。


その頃、ビール全体でのNo.1ブランドは、

「キリンラガー」であったが、

“生ビール”というカテゴリーの中では、

「スーパードライ」がNo.1のシェアだった。


1996年1月、キリンはついに

「キリンラガー」の生ビール化を発表する。


が、今まで「ラガーは生ではない」ことを

強調していたのに、「ラガーは生です!」と

大々的に広告を打っていったので、

消費者から「キリンに裏切られた。」という声が

湧き上がっていき、結果売り上げを落としてしまう。


1998年にコクと苦味を高め、従来の味に戻すも、

もはや顧客離れは止まらなかった。



圧倒的な巨人であったキリンは陥落、

対するアサヒは、1993年以降、

売上を順調に伸ばしていき、1997年の

年間販売量では、スーパードライが

キリンラガーを抑え、悲願の

全ビールNo.1ブランドの座を獲得


その翌年には、ついに年間のビール市場シェアで

アサヒがトップに立ったのだった。



いかがでしたでしょうか?

もちろん、この競争は今でも続いております。


今どのような戦略を立て、

どのように社内を奮い立たせ、

各社・各メーカーが競争しているのか、

また、調べてみたいと思います。



最後に、

あなたは、どのような戦略を立てていますか?