ついにMacを購入しました。MacBook13インチ。

あこがれのMac。

(もちろん、マクドナルドのハンバーガーではありませんよ。親父ギャグ?)

これまで何度、購入を躊躇ってきたことか。

割高感が強い、

壊れやすい、凍りやすい。

使ってる人が少ないなどなど、「Mac、買おうかなあ。」

というだけでまわりから、

「勇気あるね。やめたほうがいいんじゃない?」

といわれる始末。


たしかに、

これまでマイクロソフトのWordで作ってきた、

数々のプリントが無駄になるかと二の足を踏んできた。

しかし、ここにきて朗報が。

「MacでWindowsが動くらしい。」

えっ、どういうこと?

まあ、話題になったインテルCPU搭載のMacは、

ほぼ問題なく、WindowsWPもVistaも動くとのこと。


世の中はマイクロソフトの策略で、WindowsVistaに移行中。

ところがこのヴィスタ、あっちこっちで、「使いにくい」

「あの機能はどこへ行った」

「いちいちヘルプを見るのがめんどくさい」

「あと6年、XPは使えるらしい。」

「ヴィスタからXPに戻す人も多いらしいよ。」

「うちの職場のサーバーは、XPでしばらくやります。」


最近、調子の悪い、2001年購入のNECのパソコン。

10年もたなかったが、減価償却は済ませた感がある。

悩んだあげく、隣の机の先生が、

「MacでXP、XPで一太郎を実践中!」

ときた。

よーし、俺もMacにするぞ!


近くのMac専門店を探して行く。

「MacもWindowsも変わりませんよ。

 変わるとしたら、コンピュータのことを知らなくても使えるのがMac、

 ですかね?」

それそれ。

もうコンピュータのことなんて知りたくないよ。

そもそも、ワープロ。

あるいは表計算か、せいぜいデータベース。

まあ、データベースは学校提供のパソコンでやるのだから、

やっぱり使うのは個人目的。

つまり、数学のプリントづくり。

いや、Macでもう少し何かできるかもしれない。


グラフィックや音楽が手軽に出来るのがMacの良さ?

各種のアーティストが大事に使っている印象がある。

私もどちらかというと、数学の美に見せられたアーティスト気質。


結局、英語の文献を読みあさることで完成させた、数学教育の修論。

たまに行ったパソコンセンターで、UNIXの端末で動かしたMathmatica。

よくわからなかったが、その映像はサイエンティフィック!

こんなん毎日いじって修論ってのもあり?

なんて思った時期もあった。


店員のマニアックな説明に辟易しながらも、

20万円で、メモリー増、XPのインストールをしてくれるということで、即断購入。

後日、Mac-オフィス(マイクロソフト社製)を購入し、

必要なことは出来るようになった。


思えば、Macへの憧れは中学生のとき。

Macintoshという名前のパソコンは、

日本のパソコンの「PC」とか「FM」とか言う型番形式の名前と一線を画していた。

高価でまったく手が届かなかった。

田舎の小作農の息子には手が届かない代物だった。


その形も他のパソコンと一線を画していた。

箱形の一体型にマウスだけが付属。

えっ、キーボードが別売り?

なんで?

当時、MSXという割安パソコンを購入し、BASICという

マイクロソフトの提供したプログラミング言語で、

チマチマしたインベーダーゲームの出来損ないを作っていた中学生には、

理解不能の形状だった。

プログラミング言語でコンピュータを任意に動かすのではなく、

ソフトで自分のイメージにあった作品を作る。

操作はマウスで画面を見ながら。


思えば、社会現象になったWindows95も、それが売れた要因だった。

グラフィカル・ユーザー・インターフェース。


話が長くなった。

Macで何が出来るのか?

とりあえず、MacでXP、XPでWordをしています。

生徒に「それでMacなんですか!」とつっこまれる始末だが、

仕方がない、当面は。

1学期の間は忙しい。

夏休みに入ってからだ、Macを堪能するのは。


もしこれを呼んでるMacユーザーの方、教えてください。

Macで初等幾何を楽しむソフトとかありますか?

Macで数学したいです。グラフィカルに数学扱いたい。

ああ、Mac、LOVEクラッカー



本校には研修日というのがありまして、

毎週土曜日も午前中授業ですから、

労働者である教職員には、

土曜日出勤のかわりに平日、休日というか、

自己研修に励む日が保障されています。

今回はその日がMay Dayに重なりましたので、

それほど熱心な組合員でありませんが、

役員の方に誘われたこともあって、

その集会のほうに参加してきました。


待遇、つまり給料・年収というのも、

私学はいろいろあるので、学校によってさまざまでしょうが、

私の勤める学校のそれは、

私には十分なものであります。

同僚や先輩の方の中には、

「待遇が悪すぎる!」

といわれる人もいます。聞いたところによると、

東京都心の大学の附属・係属の中高や宗教色の強い学校などには、

まったくおよばないらしいです。

まあ、そうはいっても、特別才能を有した私ではありませんし、

またお金持ちになりたくて教員になったわけでもありません。

自分の子どもも、別に優先的に本校に入学させたくありません。

そういった「子どもの教育機会の保障」というのも、

私学における待遇のひとつだと思いますが、

それは公私混同にもなるので、私は

「自分の子どもは公立の学校に入れる」つもりです。


話がそれました。

まあ簡単に言って、

昨今話題になっている格差社会とかワーキングプアという言葉は知っていたとしても、

それは実感をともなっていませんでした。

しかし今回、May Dayの集会に参加して、

驚いたというか、実感したというか、

考えさせられました。


*日が経ってしまい、実感が思い出せません。

ごめんなさい。この記事は、この辺で。(;´Д`)ノ




いよいよ授業が始まった。

今年は中学1年生と高校3年生に数学を教える。

話し方はまったく違うが、伝えることはほとんど同じである。

「これが数学。」ということである。


多くの私立校がそうだと聞いているが、

本校の中学では、数学を「代数」と「幾何」の2分野に分けて授業をしている。

教科担当はそれぞれ異なる。

高校も同じように、2つにか分けて、異なる担当者が異なる単元を教えている。


中1の代数が始まった。

「0,1,2…」という数がある。これはどんな決まりか。

そうなると、数直線上で「0より1小さい数」、そんな数が考えられる。これが-1。

拡がる数の世界。

これ以上は説明ができない「数」があって、それが0と1。

ここから始めて、ちょっと絶対値とか、面倒くさいこともあるけど、

理論的に無理なく数学が積み上げられていく。


うちで使っている教科書は、まあまあ気が利いている。

最初の導入は、このカラフルな「市販教科書」で行っているが、

それ以後は、学校オリジナルのテキストで、「代数」も「幾何」も教えていく。


「点」があって、点が動いて線が出来る。

図形は固いもので出来た感じで、これは形を変えずに移動できる。

フムフム、どこかで聞いた話だ。

「円周を単に円ともいう」

おお、そういえば東大入試では、剛体「円」を出題するときは、

「円盤」とたしかな剛体の名前で出題しているなあ。

最初、「円盤」と表すことに抵抗はなかったのだろうか?


直感的な事柄から積み上がれていく数学の世界の、いかに素敵なことか。

中学から高校で教えてる数学なんて、せいぜい18世紀までの事柄。

(なのに、なぜ人間はこれほど数学に苦しむのか。)


その深淵な世界に、これから一緒に入っていく感じの日々です。