交響曲第45番嬰ヘ短調「告別」/ハイドン
いよいよスタートさせます。
よろしく。
というわけで、1曲目。
交響曲第45番嬰ヘ短調「告別」/ハイドン(1772)
9/30~10/7
お勉強っす。
まずは本より抜粋。
合者離之始(あうはわかれのはじめ)。
この逆を願って作られた曲がある。
ハイドンの傑作≪告別交響曲≫だ。
別れ―即ちエステルハーツィのニコラウス音楽候との暫くの別離。
逢う―それはエステルハーツィの楽団員達と彼等の家族との再会。
(略)(楽団員達は家族としばらく別れなければなかった。)
一同の悲哀に同情したパパ・ハイドンは、早速パパぶりを発揮して一計を案じた。
新作の四楽章交響曲の曲尾に仕掛けを隠したのだ。
急緩中急―通例の四楽章構成、ソナタ形式のフィナーレの主部が終わったところで、突然アダージョの長大な楽章終止部が、平行(イ)長調で始まるのだ。
一人又一人。
楽員達は自分のパートを情熱的に弾き終わると、明りを消して立去って行く。
まずオーボエの第一奏者とホルンの第二奏者の道行きである。
次はバスーン。
それからオーボエの第二とホルンの第一。
コントラバスが去り、チェロが去り、第三、第四ヴァイオリンの二人が消え、ヴィオラが消え、最後に残ったのは第一と第二、二人のヴァイオリン奏者だけ。
一人は候お気に入りのコンサートマスター、トマッシニ、もう一人がハイドン自身とは心憎い。
やがてその二人も去り、沈黙と溶暗の訪れ。
直ちに、機智に富んだこの抗議の真意を理解した候は
「よろしい、彼らがすべて立ち去るのであれば、われわれも去らねばなるまい」
といったと推測されている。
早速帰宅の許可が出て、一同大喜び。
(略)
とさ。これはすごい。実際、第四楽章はそんな感じで静かに終わってます。次はwiki抜粋。
《交響曲第45番》は、フランツ・ヨーゼフ・ハイドンが作曲した交響曲の1つ。
成立年代は諸説あって確定していないが、1772年ごろに完成された。
いわゆる「シュトゥルム・ウント・ドラング期」の交響曲の中ではよく知られている作品の1つで、「告別」という俗称で有名。
定式通りに4つの楽章で作曲されている。
(略)
終楽章後半の「アダージョ」で、演奏者は1人ずつ演奏をやめ、ロウソクの火を吹き消して交互に立ち去って行き、最後に左手に、2人の弱音器をつけたヴァイオリン奏者(ハイドン自身と、コンサートマスターのアロイス・ルイジ・トマジーニ)のみが取り残される。
エステルハージ侯は、明らかにメッセージを汲み取り、初演の翌日に宮廷はアイゼンシュタットに戻された。
オーボエ2、ファゴット2、ホルン2、弦楽5部(第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス)。
ホルンはこの曲専用のFis(F#)管を鍛冶屋に作らせたとの俗説があるが真偽のほどは不明。
ただし古今を通じてFis管のホルンの使用例もこの曲以外には見られない。
所要時間は約25分。
第1楽章は、当時としては異例な嬰ヘ短調を用いて、切迫した状況が表現されている。
この始まり方は、シュトゥルム・ウント・ドラング期のハイドンには典型的な手法によっており、第1ヴァイオリンによる下降和弦が、第2ヴァイオリンによるシンコペーションや、管楽器の和音のタイに伴奏されている。
おおむねソナタ形式として説明することができるが、多くの点で標準的なソナタ形式とは違っている。
たとえば再現部の寸前で、新たな素材が導入され、さしずめこれが、通常のソナタ形式の第2主題のような役割を果たしている。
緩やかな第2楽章はイ長調、やはりソナタ形式による。
弱音器をつけたヴァイオリンが奏でるくつろいだ旋律によって始まるが、「しゃっくり」のような動機の反復が目立っている。
雰囲気は、長調と短調との交替によって、だんだんと厳粛に、瞑想的になっていき、シューベルトの後期作品に数多く見られるパッセージを連想させる。
その後に、小節線をまたがって上昇を続ける一連の不協和音が続く。
これは再現部において、ハイドンとしては異例の長さの楽段に発展する。
第3楽章のメヌエットは、嬰ヘ長調による。
その主な特色は、各部分の結びのカデンツは、第3拍にあるためきわめて弱く、不満足な感じをもたらしている。
終楽章は、いかにもハイドンらしく、急速なテンポのフィナーレとして始まる。
嬰ヘ短調でソナタ形式による。
第1ヴァイオリンにバリオラージュ奏法が利用されると、一挙にリズムが激しさを増す。
ついに再現部の終わりにたどり着くと、いかにも交響曲そのものが終わったかのように鳴り響くが、突然に属和音が割って入る。
その後に来るのは、実質的に第2の緩徐楽章というべき部分である。
これは古典派の交響曲ではきわめて異例のことであり、おそらくエステルハージ侯にも、非常に耳新しく響いたに違いない。
この部分は3/8拍子によって書かれ、イ長調から嬰ヘ長調に転調する間に、演奏者が持ち場を離れていくのである。
わざと尻すぼみのように作曲された終結部は、きわめて柔らかなピアニッシモによって演奏される。
このアダージョの部分は、ちょっとしたシアター・ピースであるのだが、録音された演奏の聴き手にそれはなかなか伝わりにくい。
何人かの演奏家は、退席する直前に短いソロのパッセージが与えられている。退席の順序は次のとおり。
第1オーボエと第2ホルン(ソロ楽句あり)、ファゴット(ソロ楽句なし)、第2オーボエと第1ホルン(ソロあり)、コントラバス(ソロあり)、チェロ(ソロなし)、ヴァイオリン(ソロあり、ただし首席ヴァイオリンは沈黙)、ヴィオラ(ソロなし)。
首席ヴァイオリニストは作品が終わるまで席に残っている。
ま、似たような情報ですが。第二楽章確かにしゃっくりっぽいかも。
初聴きの感想は、
ホルンむずそう・・・。ってか弦もむずいだろ。
です。
スコア見たらここに追記します。
これから火曜日ごとに曲を変えるつもりです。
よろしく。
というわけで、1曲目。
交響曲第45番嬰ヘ短調「告別」/ハイドン(1772)
9/30~10/7
お勉強っす。
まずは本より抜粋。
合者離之始(あうはわかれのはじめ)。
この逆を願って作られた曲がある。
ハイドンの傑作≪告別交響曲≫だ。
別れ―即ちエステルハーツィのニコラウス音楽候との暫くの別離。
逢う―それはエステルハーツィの楽団員達と彼等の家族との再会。
(略)(楽団員達は家族としばらく別れなければなかった。)
一同の悲哀に同情したパパ・ハイドンは、早速パパぶりを発揮して一計を案じた。
新作の四楽章交響曲の曲尾に仕掛けを隠したのだ。
急緩中急―通例の四楽章構成、ソナタ形式のフィナーレの主部が終わったところで、突然アダージョの長大な楽章終止部が、平行(イ)長調で始まるのだ。
一人又一人。
楽員達は自分のパートを情熱的に弾き終わると、明りを消して立去って行く。
まずオーボエの第一奏者とホルンの第二奏者の道行きである。
次はバスーン。
それからオーボエの第二とホルンの第一。
コントラバスが去り、チェロが去り、第三、第四ヴァイオリンの二人が消え、ヴィオラが消え、最後に残ったのは第一と第二、二人のヴァイオリン奏者だけ。
一人は候お気に入りのコンサートマスター、トマッシニ、もう一人がハイドン自身とは心憎い。
やがてその二人も去り、沈黙と溶暗の訪れ。
直ちに、機智に富んだこの抗議の真意を理解した候は
「よろしい、彼らがすべて立ち去るのであれば、われわれも去らねばなるまい」
といったと推測されている。
早速帰宅の許可が出て、一同大喜び。
(略)
とさ。これはすごい。実際、第四楽章はそんな感じで静かに終わってます。次はwiki抜粋。
《交響曲第45番》は、フランツ・ヨーゼフ・ハイドンが作曲した交響曲の1つ。
成立年代は諸説あって確定していないが、1772年ごろに完成された。
いわゆる「シュトゥルム・ウント・ドラング期」の交響曲の中ではよく知られている作品の1つで、「告別」という俗称で有名。
定式通りに4つの楽章で作曲されている。
(略)
終楽章後半の「アダージョ」で、演奏者は1人ずつ演奏をやめ、ロウソクの火を吹き消して交互に立ち去って行き、最後に左手に、2人の弱音器をつけたヴァイオリン奏者(ハイドン自身と、コンサートマスターのアロイス・ルイジ・トマジーニ)のみが取り残される。
エステルハージ侯は、明らかにメッセージを汲み取り、初演の翌日に宮廷はアイゼンシュタットに戻された。
オーボエ2、ファゴット2、ホルン2、弦楽5部(第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス)。
ホルンはこの曲専用のFis(F#)管を鍛冶屋に作らせたとの俗説があるが真偽のほどは不明。
ただし古今を通じてFis管のホルンの使用例もこの曲以外には見られない。
所要時間は約25分。
第1楽章は、当時としては異例な嬰ヘ短調を用いて、切迫した状況が表現されている。
この始まり方は、シュトゥルム・ウント・ドラング期のハイドンには典型的な手法によっており、第1ヴァイオリンによる下降和弦が、第2ヴァイオリンによるシンコペーションや、管楽器の和音のタイに伴奏されている。
おおむねソナタ形式として説明することができるが、多くの点で標準的なソナタ形式とは違っている。
たとえば再現部の寸前で、新たな素材が導入され、さしずめこれが、通常のソナタ形式の第2主題のような役割を果たしている。
緩やかな第2楽章はイ長調、やはりソナタ形式による。
弱音器をつけたヴァイオリンが奏でるくつろいだ旋律によって始まるが、「しゃっくり」のような動機の反復が目立っている。
雰囲気は、長調と短調との交替によって、だんだんと厳粛に、瞑想的になっていき、シューベルトの後期作品に数多く見られるパッセージを連想させる。
その後に、小節線をまたがって上昇を続ける一連の不協和音が続く。
これは再現部において、ハイドンとしては異例の長さの楽段に発展する。
第3楽章のメヌエットは、嬰ヘ長調による。
その主な特色は、各部分の結びのカデンツは、第3拍にあるためきわめて弱く、不満足な感じをもたらしている。
終楽章は、いかにもハイドンらしく、急速なテンポのフィナーレとして始まる。
嬰ヘ短調でソナタ形式による。
第1ヴァイオリンにバリオラージュ奏法が利用されると、一挙にリズムが激しさを増す。
ついに再現部の終わりにたどり着くと、いかにも交響曲そのものが終わったかのように鳴り響くが、突然に属和音が割って入る。
その後に来るのは、実質的に第2の緩徐楽章というべき部分である。
これは古典派の交響曲ではきわめて異例のことであり、おそらくエステルハージ侯にも、非常に耳新しく響いたに違いない。
この部分は3/8拍子によって書かれ、イ長調から嬰ヘ長調に転調する間に、演奏者が持ち場を離れていくのである。
わざと尻すぼみのように作曲された終結部は、きわめて柔らかなピアニッシモによって演奏される。
このアダージョの部分は、ちょっとしたシアター・ピースであるのだが、録音された演奏の聴き手にそれはなかなか伝わりにくい。
何人かの演奏家は、退席する直前に短いソロのパッセージが与えられている。退席の順序は次のとおり。
第1オーボエと第2ホルン(ソロ楽句あり)、ファゴット(ソロ楽句なし)、第2オーボエと第1ホルン(ソロあり)、コントラバス(ソロあり)、チェロ(ソロなし)、ヴァイオリン(ソロあり、ただし首席ヴァイオリンは沈黙)、ヴィオラ(ソロなし)。
首席ヴァイオリニストは作品が終わるまで席に残っている。
ま、似たような情報ですが。第二楽章確かにしゃっくりっぽいかも。
初聴きの感想は、
ホルンむずそう・・・。ってか弦もむずいだろ。
です。
スコア見たらここに追記します。
これから火曜日ごとに曲を変えるつもりです。