『信念をまげなかった蘇武』


昔、中国の漢に蘇武(そぶ)という男がいました。武帝という王様の家来です。蘇武はどんなことでも最後までつらぬく強い信念の持ち主でした。




当時、漢は北の国からせめられていました。そのたびに、宝物をうばわれ、町の人々がつれさられてしまいます。
王さまはなげきます。
「どうすれば平和な世の中がくるのだろうか。つれさられた人々のことを思うと夜もねむれない」
蘇武は使者をかってでます。
「わたしが北の国へ行き、話してきましょう」
「はたして話し合いで解決できるだろうか」
「戦争するととうとい命がうばわれます。戦争しないために、どこまでも話し合いをするべきです」

蘇武はさっそく、ほかのけらいたちといっしょに北の国へ行きました。
ところが、北の国につくと、すぐにろうやに入れられました。
北の国の王さまが蘇武に言います。
「わたしのけらいになるならば、ろうやから出してやろう」

蘇はことわります。
北の王さまは、
「わたしのけらいになるならば、宝ものもあたえる。よい暮らしも約束しよう」
と言います。
何度言われても、祖蘇武は首を横にふるだけです。このままではむりだと思った北の王さまは、蘇武を山のあなぐらにおいやってしまいます。


北の国はちょうど冬の一番寒いじきでした。食べ物も水もありません。それでも、蘇武は負けません。のどがかわくと雪を食べ、おなかがすいたら、着ている服の毛をかじりました。



蘇武以外は、みな北の国のけらいになってしまいましたが、蘇武だけはぜったいに負けません。
北の国のけらいになったなかまがいいます。
「なぜそんなにくるしい道をえらぶのか。王さまの言うことを聞けばいいのに」
それでも蘇武はへこたれません。
北の国の王さまは、もっと寒い北のバイカル湖のほとりに蘇武をながします。もう二度とこきょうにもどることのできない場所です。
蘇武は、そこで、オスばかりのヒツジのむれとともに暮らします。
北の王さまはいじわるそうに言います。
「オスのヒツジが子どもをうんだら、帰してやろう」
十数年がたち、年をとって、服はぼろぼろです。食べ物もありませんでしたから、体はほねと皮だけにやせおとろえていきます。
「それでも、わたしは負けない。ぜったいに負けるものか!」
毎日そう決意するものの、空をとぶカリのむれをみると、国に帰りたいと気持ちがわいてきます。



漢には、「蘇武は死にました」という知らせがとどいていました。

でも、それはうそだとわかっていましたので、漢の使者が、王をためすためにこんなことを言いました。
「この前つかまえたカリの足に『蘇武は生きています』と書いてあった」
おどろいた北の王さま、はうそをみとめ、蘇武がバイカル湖のほとりにいることをあかしました。
蘇武はふるさとにもどってきました。十九年もたっていたので、髪もひげもまっ白になっていましたが、使者としてあずかった手紙だけは、しっかりと手に持っていました。
漢の国では、蘇武のゆうきをたたえ、信念をまげなかった英雄として語りつがれました。




                                                         おわり


【蘇武】

蘇武のお話は、光日房御書(926㌻)をはじめ、多くの御書で紹介されています。蘇武は19年という長い間、どんなことがあっても、信念を貫きとおしました。
日蓮大聖人は流罪などの多くの難を乗り越えられました。
創価学会の三代会長は権力の迫害に負けませんでした。

正義を貫こうとする人には、さまざまな困難がおそいかかってきます。それでもあきらめない、負けない強い心を持った人が、正義の人なのです。