こんにちは。


(写真は全く関係ありませんが、映画を見たあとに歌舞伎町を歩かなくちゃならなくてキャッチに声をかけられたくなかった為に敢えて装った格好ですこのまま歩いてたら逆にキャッチの人に声をかけられて“おねーちゃぁん!ロマンがないよロマンが!”と言われました
うっせ!!!!長くなりましたすみません)




気持ちを切り替えて



、、、笑









この前起きてすぐカーテンを開けたらぽっかぽかで、
わー春だー!とるんるんでパーカー1枚で外出しました。




見事に外はまだ冬。

そして風が強い。


おかげ様で裏起毛付きのパーカーでも悠々に寒さが突き抜けて鳥肌。


堪えきれずに踵を返しかけましたが、予定の時間ギリギリに出てしまったので戻れず😟

もっと早めに準備してればよかった、、
時間に余裕は必要ですね🥲🥲

連絡を取っていた親友も
同じ日に同じことをしていてわらいました。


前振りがいつもながら長くなりましたが



本題



今朝

なんとなくTwitterに

〝今日は2月26日です〟って呟いたら


コメント欄に

〝AKBになった日ですね〟と


ん?!

あーーーー!


そうか!!



そうだった。



15年前の今日はオーディションに受かった日でした。


15年経ちました。
当時14歳。前世の記憶のようです。笑


その日は大阪から東京に日帰りで来たんだったかな?
オーディションの為に。

1次2次とトントン拍子で受かり、あっという間に最終審査。



合格!!


そのまま母にすぐ電話して

『受かったよ〜』って。(合格発表の時に何故か受かることを理解してた不思議体験)


あまりに冷静にわたしが連絡するから
母が拍子抜けして

『え?』って。w

『とりあえず、、、、下に降りてきて…』


動揺してる母の声がいまでも脳内再生できます。


下に降りたら
嬉しそうに見えたけど、悲しそうに寂しそうに不安な顔をして母が泣いていました。


今思うとあの時の顔は、寂しかったんだと思う。

受かったら大阪から上京しなきゃいけないもんね。

ひとりっ子で14歳の娘を東京に出す親の気持ちはわたしにもまだ理解し得ません。



その後3日後に大阪の学校から東京の中学校へ転校。
思い立ったら即行動。誰がなんと言っても聞かない。

そして、中学3年生の1年間だけ葛飾区で過ごすことになりました。


当たり前のように〝いってきまーす〟って出てきてたけど

どこに住むかも決まっておらず
まず住む場所から探して、転校手続きもし、生活するためのお金も必要だし、、、

何も心配してなかった自分に“絶対親孝行しろよ”と耳打ちしたいくらい、両親は苦労を一切見せず、一生懸命に夢を応援してくれました。


当時の私はとにかく多感で
反抗期もいいとこ。

本当に迷惑ばっかりかけたな。


でも後悔はしていません。(しろよ)


今ではこうして母親側の気持ちも少しは理解できるようになり、大人になっちゃったんだなーと当時を振り返ってみてしみじみ。



尊い経験をしてきたな。


若いうちにこんな貴重な体験をして
得られた大切なものと、失ったかけがえないもの。

振り返るとたくさんの思いが駆け巡り、少し呼吸が浅くなります。



とにかくいまは30歳手前の1人の女性として
当時の自分に頑張ってきて良かったね!と言われるような生活をしたい。



青春だったなぁ、

もう2度とないのか


忘れないようにしないと




両親に改めて感謝だ、




そう感じた一日の始まりです。