那覇空港から福岡へ。そこで一泊した後韓国へ。更にそこで一泊してからのカナダ行きであった。

福岡から大韓航空で韓国へ行くときに隣にツアーコンダクターの韓国人の方と一緒になった。

その場だけの会話であったが一人で遠い所へ行く僕にとっては大変ありがたかった。

そして韓国から初めてのアジア以外の国へのフライト。それはとても長いものであった。

入国への不安、生活への不安色々なことへの不安でいっぱいだった。

カナダ・トロントの空港へ着く前に窓から地上を見ると氷が張っているのが見えた。

まだまだ寒い季節なので当然のことである。沖縄から来た僕にはさらに不安が大きくなった。

実は入国へ向けて、長期だと怪しまれるので日付変更可能な3週間のフライトチケットを準備し仮の旅程表も作成。工具は出発前に別で送ることにした。

表向きは3週間の一人旅である。

怪しまれたら終わり、そんな思いで空港へ到着。いざ入国審査へ。

大きな空港だけあってやはり長蛇の列。緊張の中少しずつ自分の番が近づいてゆく。

そして自分の番が来た。

何か聞かれるが緊張してしどろもどろ。完全に怪しまれてしまった。

溜息をつかれて入国カードに大きな×を書かれて見事に別室送りである。

(あ、終わった・・)本当にそう思った。

そして別室に案内されるとそこでもう一度審査。

かばんも全部開けられると思っていたが、そんなことはなくただただ追及される。

どこへ行くのか。どこに泊まるのか。3週間も何するのか。色々聞かれた。

もちろん緊張もしているので余計に英語なんか出てこない。

持っていた帰りのチケットの予約表、残高証明、狩野旅程表などを全部見せてどうにかアピール。

すると念を押されたがどうにかスタンプを押してもらえた。

そこに手書きで日付を入れられたがどうやら半年後の日付である。これでとりあえず予定通り半年間滞在できる。

本当に安堵した。これでここで頑張っていける。ようやくスタート地点に立てる、そんな気がした。

書類を揃えてBridgestoneRacingAcademyへ送付する為にビザを取得しなければならない。

なぜなら滞在が7か月なのに対しビザなしでの滞在は最大で6か月だからである。

そこで早速ビザの申請に取り掛かるも思わず事態に出くわす。

ちょうど2015年の6月に制度変更があり、認定校でないと学生ビザの発行が出来ないのだ。

これでビザを取得することが困難になり、代替案を模索。

そこで考えたのがビザなしで入国してビジタービザ申請をするというものだ。

この後それについてすごく悩む事になるのだがとりあえずそうするしかなかった。

そしてその旨で学校に書類を提出した。

保証金などを払い込み、工具を揃え、もちろん英語の勉強も追い込む。

入国用に残高証明を取ったり入国のシミュレーションをする。

カナダの入国審査は厳しいとのことなので不安が募った。

そして三月末いよいよ出発である。。

そして眼科で検査を受ける。

二日間で三回目の視力検査。視力は裸眼でもまったく問題がない。これだけは自信がある。

 

そして石原式がダメなのでほかの方法でお願い出来ないか、と申し出るとパネルD-15という検査で問題なければOKということであった。

 

実は自信がなかったのでそれを想定して前日にインターネットの画像で色を認識して臨んだ。

それでも実際やってみると自信がない。どうやら二回行って判断するようだ。

 

検査は隣り合った色を並び替えるというもので二回やったはいいがどうにも不安である。

その日結果を聞くことはなかった。後日診断書を受け取りに来て下さいとのこと。

それから一週間くらい経ったころに再び病院へ。

 

先生から話を聞く。するとどうやら無事に出来ていたらしくすんなりと診断書を書いてもらえた。

嬉しさのあまり思わず泣きそうになりながら帰路へ着いた。

 

こうして少しずつカナダ行きが現実になってきた。