五月に入り、すっかり雪もなくなりサーキットも解放された。

そして遂に我々プログラム受講生のライセンススクールが始まる。

三日間座学と走行練習。更には模擬レースまで行われた。

久しぶりに乗るフォーミュラカーに興奮を隠しきれませんでした。

初めはゆっくりとそして徐々に速度を上げていく。

シーケンシャルミッションのレーシングカーはこの時が初めてだったが意外と難しかった。

またエンジン出力も今までで一番力強かったので怖い気持ちもあった。

追い抜きの練習もローリングスタートの練習も体験した。

そして模擬レース。実際のレースとは程遠いが追い抜きも決められた個所では可能であり、レースの感覚を味わうには十分なものであった。

あくまで模擬レースなので順位などははっきりとはしていない。というのもインストラクターも並走しており抜かせる練習をさせたりしていたからである。

何よりみんな楽しそうだったのが印象的である。

そしてこの頃少しずつではあるが英語にも慣れてきてみんなとも仲良くなってきた。

フォーミュラにも乗れみんなともコミュニケーションが取れこれから楽しくなることを確信した。

 

 

 

 

四月。まだ雪も残っておりサーキットも使えないこの時期は今シーズンの為の準備期間であった。

たくさんあるフォーミュラカーの整備を僕らが習いながら進めていく。

案の定そこでも躓いた。

まず講師がコロンビア出身のサンティアゴ。

彼の英語も癖がありよくわからないことしばしば。

さらにみんな英語でコミュニケーションを取るも僕は未だに英語に苦戦していた。

とある日、ベアリング交換の作業の日、僕は全然出来なくて苦戦していた。

だが誰に亜助けを求めることも出来ずにお昼時間。

ここで遅れていたら午後の作業が出来ない。そんな思いからお昼返上で作業に勤しんでいた。

それでも全然うまくゆかず、しかし誰も助けてくれない。

英語も出来なくて作業も出来ない、そして誰も周りにいない。そんなこともあり孤独感が募りついには涙を流していた。

ホームシックの様なものもあったであろう。自分が望んだこととは言え、見知らぬ世界へ飛び込んで来たんだなと痛感させられた。

 

カナダへ入国した翌日、学校で集合。

初めて会う仲間達。わかってはいたがみんな若い。

そこにはドーナツと珈琲が準備されていてそれを頂きながらのミーティング。如何にも海外らしい。

それより問題はあれだけ勉強した英語が全く理解できないということ。これは本当に致命的である。

このあとはアパートを借りる人たちの引っ越しだった。

当然僕もアパートを借りる人間だ。

英語も碌に理解できないまま部屋割りを決めた。

僕は当時18歳のショーンというトロント住の少年と一緒になった。

異国で一回り下の外国人との共同生活。これだけでも大変そうである。

もう一部屋には19歳のジェームスとグアテマラから来たフリオの二人であった。

これからいろいろなことがある、そう予感することは容易であった。