休息も束の間、すぐさま次のレースです。

色々あり後ろから二番目のスタートとなった僕はいいスタートを切りました。

が、前の方がスタートを遅れてしまいそれに閊えて前に出られませんでした。

その後もペースが上がらず最後尾を免れることで精一杯でした。

ですが終わってみるとタイムは思った以上に伸びておりとても満足できる滞在となりました。

この時一緒にレースをした薮下さんと小林君、この二人はメカニックとして数か月フィリピンで生活しながらメカニックとして仕事をしレースに励んでいました。

僕がとても理想とする形ですごく刺激を受けました。

そしてこれが後の僕に決断をさせてくれるきっかけになりました。

全ての事に意味があるように思えました。  

そしてレース当日の日曜日。

朝からマシン選び、タイヤ選び、予選決勝×2となっておりました。

マシンは公平にくじ引きで決め、タイヤも新品ではないものの新品に近い中古をみんなで分け合いました。

そして予選です。

あまり覚えてはいませんがこの時僕は、予選というより少しでも速く走れるように練習のつもりで走りました。

というのも僕はまだまだタイム的に遠く離れていたからです。

予選結果発表、もちろん僕は最後尾。

ですがレースはタイムだけでは決まりません。最後まで走りきることが大切です。

伊藤君の取材の為に来ていた松永さんという雑誌の編集・カメラマンの方からもそう言われました。

第一レース。

最後尾スタートの僕はスタートはまずます。ですが解っていた通り徐々にみんなに離されていきました。

それでも走りきることを目指し落ち着いて走りました。

途中でグラベルにはまっているマシンを発見。そしてそのままチェッカーフラッグ。誰よりも遅かった僕ですが結果は最後尾ではありませんでした。

”走りきることが大切”本当にそう思いました。

タイムも練習の時より伸びていたので次に期待できるかもしれません。 

フィリピン・バタンガスサーキットで木金土と三日間の練習走行。

朝に走行料をサーキット側に払いそれで一日乗り放題。スケジュールも何もなし。

まるでカート場か何かの様だ。

日本ではサーキットライセンス取ったり走行料も走る枠毎にかかる。そして多くても一日2時間程度の練習時間。

そう考えると練習するにはうってつけの環境かもしれない。

久しぶりに乗ったフォーミュラカー。日本で使われていたFJ1600である。

走行の前に歩きでサーキットを回ったのだが道がとにかく悪い。凸凹だったりつぎはぎだったりと日本の大きなサーキットでは考えられないコンディション。

いざマシンで走行するととてつもない振動。とにかく跳ねる。コース自体はとてもチャレンジングで面白いコース。

自分の遅さにも驚く。このままレースしていいのだろうか。

今はとにかくコースとマシンに慣れるしかない。

そして現地空港からご一緒していた伊藤君、当時18歳。今ではスーパーFJ茂木シリーズのチャンピオンである彼。

この時がまともにフォーミュラカーで走る最初の練習走行だったそうです。

とてもユーモア満載の彼ですが走りは本物でした。僕とはセンスが違います。元々レーシングカートをやっていたそうですがあっという間に上達していく様は頼もしかったです。

その伊藤君、翌年のこのフィリピンでのWFP(ウィンズフォーミュラフィリピン)のチャンピオンでもあります。

その他にもたくさんの人と楽しく練習しました。

スピンしてグラベル(砂地)にはまったときもみんなで助けに来てくれました。また助けにも行きました。

そんなアットホームな環境の中のびのび練習出来、下手なりに少しずつ上達していきました。

時には大雨が降った後に溝なしのスリックタイヤで走ってみたり通常では考えられない様な体験も出来ました。

そしてあっという間に日曜日。レース当日です。