女子プロレス列伝~愛しのブル様~
名レスラー伝~テキサスブロンコ!テリー・ファンク~
というわけで今回の名レスラー伝はテリー・ファンクです!
テリーといえばやはり昭和52年の12月のオープンタッグ選手権での決勝、ザ・ファンクスvsブッチャー、シークが最高でしたね。
これですね~
ボクはリアルでは見なかったんだけど、中学の終わりごろにあの試合をビデオで見て、これは生涯のプロレスベストバウトに入るわぁー!!と大興奮したなぁ。あのテリーの姿には心を打たれましたね。熱かったんです!!なんでファンがテリーに熱狂し大人気だったかあの試合を見ればわかる気がするなぁー。
と・・・今でこそ語っていますが、実は小学校の頃はボク、テリーが大キライだったんだ。
ボクがテリーを見てた頃ってのはテリーがブロディ、ハンセンに毎回メタメタにやられてる頃だった。そりゃもうひどいもんだった。試合していても攻撃している時間帯がないんだ。とにかく常にやられているんだよ。で、そのやられ方もオーバーアクションで・・・相手のパンチ一発におおげさに飛び跳ね転げまわるから見ていて本当に腹が立った。しかも試合が終わりハンセンらが引き上げると急に元気になりリング上から挑発したりするんだ。なんてザマだ・・・テリーの全盛期を知らないボクは、これがかつてのNWA世界王者なのか?といつも疑問を持ちっぱなしだった。
そしてさらに疑問だったのがテリーのファンだった。
ボクがテリーに対する気持ちがいやな一方だったから・・・というわけでもなかったが、あのブッチャーとの抗争を知らなかった時代のボクにはなぜ人気があるのか不思議でたまらなかった。それも普通のレスラー人気とはちょっとちがう、異様なまでの人気である。それは何かっていうと・・・テリーの女性ファンに対しての疑問だった。
あれはファンクラブの人たちなんだと思うんだけど・・・テリーのファンの女性がまんまチアガールみたいな格好で会場に現れ、テリーが入場するときにスピニング・トーホールドに合わせてボンボン(って言うのかな?あのチアガールが手に持っているワサワサしたやつは)を振って踊たり、試合中にそれを振って応援するという後にも先にも例のない現象があったんだよね。
テリーを応援するチアガール隊のみなさん
これはアメフトやバスケットならアメリカの青春映画なんかには付き物で、男の子がそれをやって、女の子がチアガールやって恋愛して・・・なんてのはよくあるけど、プロレスにノリノリの本場アメリカのファンだって過去にプロレス会場でここまでしたヤツはいないはずだ。
ボクは当時小学生だったが、あの頃の基本はアントニオ猪木。だからプロレスはまず男の強さ!!というストロングスタイルの心構えが念頭にあったので、やられまくりのテリーにこれほどのファンがいたのも疑問だったし、このアイドル歌手を扱うようなテリーのファンの行動は全く理解できず見るたび腹立だしい思いにさせられていたんだ。
やがて・・・テリーは引退することになった。そりゃいいこった。テリー嫌いのボクは本当にそう思った。が、しかしこれがまたムカつかさせた。なんと日本で引退するという。しかも引退までのシリーズに
“テリーファンクさよならシリーズ”
というワン・シリーズを設けるという・・・
そう、それはワン・シリーズで興行とし日本中のみなさんに最後の雄姿を見せた上で、最終戦で引退試合をするという異例のものだった。
当然、全日本プロレスのテレビ中継は毎週テリーが主役にてオーバーアクションでやられまくりである。あームカつく!!こりゃもう倉持アナウンサーのテリーやめてくれ!!テリーやめてくれ!!という名実況にちがった意味で同賛だ。テリーさっさとやめてくれ!!と、何度も思った。
そしてやっとこ最終戦。引退試合はゴールデンで特番という待遇下。ザ・ファンクスとして相手はスタン・ハンセン、テリー・ゴディだっあ。
これで最後のリング・・・テリーはやられながらもこのシリーズになかった攻撃を見せ大奮闘した。チアガールも最後のテリーに無我夢中でボンボンを振る!!そして最後はトップロープからのダイビング・ローリング・クラッチ・ホールドでゴディからフォール勝ち!!テリーは引退試合を勝利で飾ったんだ。
試合後、会場が暗くなりテリーとドリーにスポットライトが当てられた。たくさんのカメラのフラッシュが光る中、テリーがマイクを掴んでファンへ最後のメッセージを述べる・・・
「ホーぁーバぁー!!ホーぁーバぁー!!ホーぁーバぁー!!ホーぁーバぁー!!サヨナぁラー!!グッバイアイラぁビュー!!」
テリーは涙ながらに絶叫した。そして
「いままでありがとう!!」
「テリーやめないで!!」
というたくさんの止まない声援の中、テリーは手を振ったのである。その姿にチアガール隊はもちろん、蔵前のファンは涙をそそられた。
そして・・・
ああ・・・これまで散々テリーにムカつきイヤだったボクも、これで最後かと思うとなんだかテリーがいとおしくなってきてしまった。無くして初めて気づくとはこういうことだったのか・・・
昭和58年の夏の終わり、ボクは少し大人になった気がした。
しかし・・・テリーは1年後、あっさりとカムバックした・・・
おいおいおい!?ヒザがもうダメだから引退を決意して、ひとシリーズを引退シリーズにして、あれだけ引っ張って引退試合もゴールデンでやってファンも嫌いだったおれですらホーぁーバぁー!!に感極まったんだぞ!?なのにそりゃーあんまりじゃないか・・・
テリー・・・名レスラーだなぁ・・・
さようならエリオ・グレイシー
90年代、突如表舞台に登場し、瞬く間に世界の格闘技界に大きな影響を与えたグレイシー柔術。
マウントポジション、マウントパンチ、アルティメット大会の創設、開催。グレイシー柔術がなかったら総合格闘技、今の形にならなかっただろうな・・・
いや、形どころか、総合格闘技自体が続いてなかったかもしれないな・・・
ヒクソン、ホイスなどのグレイシー一族はもちろん、たとえスタイルがちがってもグレイシーの技は多くの選手が使い、そして受け継がれていきます。
だからグレイシー柔術は不滅です。
だから・・・安心して旅立ってください。
さようならエリオ・グレイシー。
心よりご冥福をお祈りいたします