「普通」をもとめすぎな窮屈な社会 | 大阪府河南町議会議員 佐々木きえオフィシャルブログ Powered by Ameba

「普通」をもとめすぎな窮屈な社会

「普通」であることを求められる社会はとても窮屈です。

 

 

 

15歳の男の子が高校へ進学せずに始めたコーヒーショップのお話しをみて、ますます、その想いを強くしています。

 

→ https://www.horizon-labo.com/copy-of-about

→ http://www.e-aidem.com/ch/jimocoro/entry/dango06

 

 

 

 

そういえば、ずいぶん前に読んだコンビニ人間もそんなお話しだった。

 

 

 

 

 

 

 

この社会は

極端に言えば、

超優秀な子どもでも

考えや感性が「普通」でないことを責められてしまうような

過度に「普通」を求めすぎている社会です。

 

 

 


例えば、

猫も杓子も「結婚」をしたり、したいと夢見たりしてるけど

本当は、「結婚」が必要な人って少ないんじゃないかと思っています。

 

ほとんどは、「結婚」することが「普通」だから

世間体とか「普通」であることが安心材料だとか、

そんな想いで、そうしているだけなんじゃないかな。

 

 

 

 

 

私は

パートナーと一緒に生活したかったし、

パートナーの子どもを一緒にそだてたいという願望はありましたが、

結婚はしたくなかった。

(パートナーのことは、いまだに大好きで大尊敬だけど)

 

相手を結婚という制度で縛るのも嫌だし、

もちろん、自分も縛られたくなかったし、

妻とか嫁とかゆう役割を求められるのも嫌だったし、

同姓を求められるのも嫌だった。
 

「結婚とかいらんねん」なんて言おうものなら

みんなが納得できる理由を求められて、

答えられなかったら変人扱いされるのが世の常ですが、

私にとっては、そっちの方が自然。

逆に、なんでそんなに結婚とか婚姻状況にこだわっているのか不思議です。

 

 

 

 

特に、テレビでみるような破綻した婚姻関係とかナゾが多い。

幸せそうに見えないのに、

なんで頑固に続けようとしているのかホントにナゾ笑

 

でも、人の基準はそれぞれだから、

私が理解できないからって、

その人たちが変人なわけでもないし、

その人たちを受け入れない理由にはなりません。

 

 

 

 

 

 

人によって「普通」は違うのに

「普通は〜」という言葉を使う人には

その言葉に苦しめられる人がたくさんいることを知ってほしいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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