安倍総理の「積極的平和」は間違っている
イギリスの大学院で「平和学」を学んだ父の文章を転載します。
1 平和とは、消極的平和と積極的平和
「日本人は平和ボケしている」と非難や不満を言う人がいます。こういう事を言う人の
「平和」の概念は、「戦争のない状態」であると考える場合がほとんどです。
そう考えると確かに日本は「平和」である。
でも、戦争や戦闘行為がない状態であっても、他国に攻め込む準備の期間であったり、
調略中であったり、権謀術策を用いながら、相手を弱らせ、同盟を結んで対抗したり、
拮抗する力のバランスや機会をうかがっている時期で、戦争がないだけであったりします。
それも「平和」に含めるなら、あの、織田信長の戦国時代でさえ平和な時代になってしまう。
なぜなら、実際の戦闘時間は、そう長くないからです。
応仁の乱後の明応の変(1493年)から、徳川幕府成立まで、あるいは大阪夏の陣(1615年)
の終わりまでの122年間、44,000日余りで、いったい何日間の戦闘日数が
あったのでしょうか。
(戦闘、戦争=平和)であるなら、大阪の陣でさえ、1614年11月19日の冬の陣の始まりから、
1615年5月7日の夏の陣終結までの218日間で、目立った戦闘行為は、20日余りでしか
なかった。 残りの190日余りは平和だったのでしょうか。
そうではなく、現在では、先頭のないことを消極的平和、と言い、本来の平和と区別しています。
Approaches to Peaceという本 (Oxford University Press 2000 edition by Barash)の63ページ
では、消極的平和と積極的平和について次のように述べています。
「イヌイットは行きの状態を表す言葉が1ダースもある。砂漠のベドウィンの言葉にはラクダを表す
言葉は、100余りもある。英語やそれぞれの言葉にも、似たようなことがある。
また、それぞれの特定の戦争を表す、ベトナム戦争、朝鮮戦争など、戦争を表す言葉があるが、
それに対して、反対言葉は、たった一つ平和という言葉があるだけです。
もし、平和に感心が向かえば、平和に関する言葉もいろいろ詳しく述べられるのでしょう。」
とある。
消極的平和であっても、休戦後に堀を埋め、次の戦争を準備する期間なのか、
戦争を起こさないように条約や信頼関係を構築する期間なのか 、
はたまた、戦争の原因となる社会制度、文化、法律、差別にメスを入れ、
戦争とはほど遠い社会の建設(積極的平和主義)にまい進する期間なのか、
どういう状態なのかで、
平和に関する違った言葉ができるべきではないでしょうか。
そのため、戦争がなぜ起きるのか、戦争に進む道筋を学び、政治状況や社会や文化が、
そのような道筋になっていないか検証し、平和な文化を創造する。
戦争に至らないように、社会環境を整え、健康を守り、自然環境、労働環境、福祉環境を
整え、貧困や格差、あらゆる差別をなくし、世界の人々誰もが住んでみたいと思うような社会の
建設を行っていくことが積極的平和主義というものです。
つづく
~~~~~転載以上~~~~~
いま、日本では文民統制が行われようとしています。
憲法9条を放棄しようとしています。
秘密保護法により、情報統制が行われようとしています。
集団的自衛権の行使容認により、海外で戦争できるような体制を整えようとしています。
誰がどうみても、
安倍総理は積極的戦争主義を推進しています。
政治家の言葉は行動がともなわないことがほとんどです。
彼らの言葉ではなく、行動をよく見て選挙にいきましょう。
選挙権のない、子どもたちにツケを回さなくてもいいように。
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1 平和とは、消極的平和と積極的平和
「日本人は平和ボケしている」と非難や不満を言う人がいます。こういう事を言う人の
「平和」の概念は、「戦争のない状態」であると考える場合がほとんどです。
そう考えると確かに日本は「平和」である。
でも、戦争や戦闘行為がない状態であっても、他国に攻め込む準備の期間であったり、
調略中であったり、権謀術策を用いながら、相手を弱らせ、同盟を結んで対抗したり、
拮抗する力のバランスや機会をうかがっている時期で、戦争がないだけであったりします。
それも「平和」に含めるなら、あの、織田信長の戦国時代でさえ平和な時代になってしまう。
なぜなら、実際の戦闘時間は、そう長くないからです。
応仁の乱後の明応の変(1493年)から、徳川幕府成立まで、あるいは大阪夏の陣(1615年)
の終わりまでの122年間、44,000日余りで、いったい何日間の戦闘日数が
あったのでしょうか。
(戦闘、戦争=平和)であるなら、大阪の陣でさえ、1614年11月19日の冬の陣の始まりから、
1615年5月7日の夏の陣終結までの218日間で、目立った戦闘行為は、20日余りでしか
なかった。 残りの190日余りは平和だったのでしょうか。
そうではなく、現在では、先頭のないことを消極的平和、と言い、本来の平和と区別しています。
Approaches to Peaceという本 (Oxford University Press 2000 edition by Barash)の63ページ
では、消極的平和と積極的平和について次のように述べています。
「イヌイットは行きの状態を表す言葉が1ダースもある。砂漠のベドウィンの言葉にはラクダを表す
言葉は、100余りもある。英語やそれぞれの言葉にも、似たようなことがある。
また、それぞれの特定の戦争を表す、ベトナム戦争、朝鮮戦争など、戦争を表す言葉があるが、
それに対して、反対言葉は、たった一つ平和という言葉があるだけです。
もし、平和に感心が向かえば、平和に関する言葉もいろいろ詳しく述べられるのでしょう。」
とある。
消極的平和であっても、休戦後に堀を埋め、次の戦争を準備する期間なのか、
戦争を起こさないように条約や信頼関係を構築する期間なのか 、
はたまた、戦争の原因となる社会制度、文化、法律、差別にメスを入れ、
戦争とはほど遠い社会の建設(積極的平和主義)にまい進する期間なのか、
どういう状態なのかで、
平和に関する違った言葉ができるべきではないでしょうか。
そのため、戦争がなぜ起きるのか、戦争に進む道筋を学び、政治状況や社会や文化が、
そのような道筋になっていないか検証し、平和な文化を創造する。
戦争に至らないように、社会環境を整え、健康を守り、自然環境、労働環境、福祉環境を
整え、貧困や格差、あらゆる差別をなくし、世界の人々誰もが住んでみたいと思うような社会の
建設を行っていくことが積極的平和主義というものです。
つづく
~~~~~転載以上~~~~~
いま、日本では文民統制が行われようとしています。
憲法9条を放棄しようとしています。
秘密保護法により、情報統制が行われようとしています。
集団的自衛権の行使容認により、海外で戦争できるような体制を整えようとしています。
誰がどうみても、
安倍総理は積極的戦争主義を推進しています。
政治家の言葉は行動がともなわないことがほとんどです。
彼らの言葉ではなく、行動をよく見て選挙にいきましょう。
選挙権のない、子どもたちにツケを回さなくてもいいように。
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