27日の日曜日の朝
いつものように原付で現場へ向かっていた。
この日の現場は内幸町。
日曜日で空いていたのもあって1時間くらいで国会議事堂前あたりまで来れた。
雨上がりで路面は少し濡れてた。
財務省上の交差点を青信号で直進。
対向から車が右折してきてた。距離は20mほど
(直進いるよー確認してよまったくよー)
と減速ブレーキ
途端、ズルッと滑って左へ倒れた。
マンホール踏んだかもしれない。(真偽不明)
30km弱だったはずだけど、まあまあな衝撃が走った。
動けないし息も吐けない。
ぐうううと唸るしか出来ない。
「大丈夫ー…?」と声が聞こえる。喋れまへん…
ジョギング中の夫婦?とタクシーの運ちゃんが寄ってきていた。
再度「大丈夫ですか?意識ありますか?」と声をかけられる。無言でうなずくことしか出来ない。
肩を借してくれて歩道へ逃げられた。
救急と警察へ連絡してくれているのが聞こえてくる。
意識はハッキリしていて、体も動くことを確認。
一先ず会社へ連絡。
現場に行けなくなっちゃったこと、救急車で運ばれるらしいことを伝える。
駆けつけた救急車へ乗せられる。
生まれて初めて乗ったので
(わあー意外と狭~い)
など余計な事を考えていると、救急隊の方と警察官と入れ替わり立ち替わり同じような事を聞かれる。
(職務上わかるけど、どうにかならんもんですかねー)
と思うが申し訳なさ有り難さが勝つ。
ここらへんで、肩の痛みが一向にひかない、なんなら異常に痛い、もっこり盛り上がっていることに気づく。
だんだん、ドラムやバンド、ライヴのことが頭を過る。
担ぎ込まれる病院が決まったので、再度会社に電話。
その後あやちゃんに電話。休みの日の早朝に申し訳ないなと思ったのを憶えてる。
「あやちゃんごめんよ、バイクでこけて救急車で運ばれてる」
的な内容を伝える。
あやちゃんは
「うん。うん。あそう。わかった、また連絡して」
と。
やけに冷静だな…すげえ…と感心した。
まあ、朝っぱらから反応しづらい話ふってすまん、やな。
担ぎ込まれたハイテク病院で、応急処置とレントゲン撮影をされる。
ここで鎖骨と肩甲骨が折れていることを知らされる。
この肩のもっこりしているのは、折れて盛り上がった鎖骨なのかと、そこで理解する。
と同時に頭が真っ白になる。
体感でわかってしまった。
これはどう足掻こうと、ドラムを叩けない。
暫し一人の時間が続き、茫然と過ごす。
スマホを使っていいよと言われたが
何も、なんにも考えたくないな。と目を閉じる。
色んな人の顔が浮かんだ。バンドと仕事と、ぐちゃぐちゃに入り乱れて。
でもまだ、まだわからない。今混乱して冷静じゃないだけかもしれない。外に出て落ち着いたら、などと往生際の悪い考えを巡らせていた。現実逃避である。
上司が迎えにきてくれて、よちよちと歩き車に乗る。
行くはずだった現場へ行ってもらって、同僚達と急遽代わりに現場に出てくれた同僚へ謝罪とお礼を伝える。
オレの事故の話を聞き、二つ返事で走って現場に向かってくれたらしい。
本当に感謝しかない。
事故に駆けつけた警察官に聞いていた麹町署が
乗っていた原付を預かってくれているとのことで向かう。
担当した警察官へ謝罪とお礼を述べ、原付を車に乗せて帰路に着く。
あのクソ重い原付を家で担ぎ下ろしてくれたゴリr
上司にも頭があがらない思いである。
家に帰って、一人になって
今度の土曜日のライヴも
10/10、大阪でのワンマンも
いつのライヴまでだろう
生涯、何があろうとライヴをキャンセルしないと
心に誓ってコロナ禍も駆け抜けて、きたんだけど
人生気合いと根性だと
ファンをガッカリさせるダセエ真似はしないと
メンバーを楽しい方へ滾る方へ連れていくと
オレは、たった骨の1本に屈してしまいました。
皆さん本当に本当に、申し訳ないです。
普段から死なないように怪我しないように気をつけて生きてきたのに
たくさんのお見舞いの言葉も、とても有り難いけど
みんなの楽しみを奪って先延ばしにしてしまった。
色々迷惑をかけてしまったしこれからもかけるかもしれない。
オレには勿体なさすぎる言葉達
本当に悔しくてたまらない。
あれからずっと耐えている。気を抜くと今度は心が折れてしまいそう。
ドラムを叩かない自分に、ステージに立たない自分になんの価値も見出だせない。
腐りそうな自分を押し込めている。
待っていてなんてオレには言えないけど必ず戻りますので
クロメを忘れないでいてやってください。
あやちゃんが書く曲をまだまだ形にして世に出していかないといけない。
みんな、本当にごめんなさい。
人生をかけているんだと、改めてわかりました。
願わくばまたライヴハウスで。