夢 | 来年から英語教師になる僕の気ままな仮免人生ブログ

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5年前好きだった人に「先生になれば?」と言われたことがキッカケで教師を目指し、この程フラれた人に「金持ちになれ」と言われたことがキッカケで死ぬ気で勉強し、本当に公立学校の教員採用試験に現役合格してしまった哀れな教師の卵の記録。


みなさん、お疲れ様でございます。

じわじわと寒くなりかけていますね。


そろそろ冬物を出さないといけない気がして、結局ジャージで済ませている今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。





そういえば、そろそろクリスマスですね。


「クリスマス」って予測変換されないくらい、僕(と僕のPC)には縁のない行事ですが、TDLのクリスマスには毎年行っていたりします。


実は、TDLのクリスマスに関しては昔から夢があるのです。



それは、





いつか家族以外と行きたい。 (切実)





ウチは家族揃って Crazy about TDR なのです。



夢は呪いみたいなものだ、と誰かが言っていたので、頑張ってその呪いを解こうと思います。



今年は無理なんだろうな・・・





そんな 「夢」 ですが、子どもたちを夢に向きあわせ、適切な指導を行うことも教師の仕事の一つです。


この前、生徒たちからこんな質問を受けました。



「先生は高校どこ?」



いたって普通の質問ですね。

普通なら、何も考えずに即答することでしょう。



僕も即答しかけましたが、どこか引っかかりました。



(これって言っていいのだろうか?)



心のどこかでこんな声が聞こえました。




確かに教えれば、生徒たちは僕の母校に興味を持ってくれるだろう。

自分の生徒たちが母校に入学し、後輩になることはどこか嬉しいものがある。


しかし、心のどこかでストッパーがかかった。





もし、このまま自分の母校を言ってしまったら、母校についても詳しく話さなければいけなくなるだろう。

しかし、それはこの子たちの未来を少なからず狭くしてしまうのではないだろうか。


進学する学校は、最終的には自分が決定するものだ。

それを、「○○さんが行っていたから自分も行く」 や、「△△さんが大変って言ってたからやめとく」といった安直な考えで進路を変更することは、どこかおかしいと思うからだ。



もっと言うと、高校や大学選びの基本は 「夢」 ではないだろうか。


「将来○○になるのが夢だ。だから、それについて学べる△△大学に行きたい。」

「××になるには△△という資格が必要だ。だから○○大学に行きたい。」



こういった具合である。



つまり、進路先とは 「夢」 からの逆算によって導かれるのだと思う。


なので、自分は敢えて高校を言わなかった。





実は、その場でこの話を全部子どもたちに話した。

これは、結果として彼ら彼女らにどのような影響を与えたのかは、まだ分からない。



でもきっと、彼ら彼女らに、 「夢」 について考えるきっかけは与えられたと思っている。




そんな僕も、まだまだ夢に向かって走り続けている一人なんですけどね。