私どもは精神障害者年金暮らしです
妻は薬の自己管理ができず
薬の副作用で悪性イレウスで軟食しか食べられずずっと入院しています
(詳しく書くと長い)
病院の面会室で逢って
一緒にスイーツ食べて会話するだけで
生きているだけでいいです
6階の面会室は西に見晴らしが良く夕暮から黄昏が綺麗です
2019-03-31 @yoshifumi_
ブログテーマ「疒」で統合失調症のことを書くのはこれが最初で最後にしたいと思います
以下を書かなければ
ブログテーマを「詩のようなもの」にしたのかも知れません
いやハッシュタグを
#統合失調症 #患者の家族 #家族も精神疾患 に
しようと思い立ったのもか
リンクしたブログで私からの経緯でこのあとの説明にもなっているかも
[補足と言い訳]2019-04-01
妻の病気に付いて調べ尽くしていますし
「家族勉強会」は内容が更新されるたび受けてます
「こころの看護学」なんて専門誌創刊号から1年間購読しました
以上は妻が診断名が変わって罹患してからですが
高校生からユングの分析心理学を手習いで学び途中から一人でなく学ぶ仲間に入りたまには先生方の講演に出掛けた
「変容の象徴〜統合失調症の前駆症状〜」も読んでいいたのに
初期に気付かず急性期が進んでから気付きました
2008年から心理学全般の基礎を学び初め精神医学と脳科学も少し
(精神医学の基礎は平成元年に双極性障害Ⅰ型で大学附属病院に入院し暇だったので大学の本屋で教科書を買いわからないところは病棟に来ている学生やレジデントに質問しました彼らの言うことが疑わしいときは教授にも大学のカフェテラスで独学していて学生と議論したりもしました)
(この段落だけ話がそれます)
妻は10年以上前に薬の副作用で生理不順なのかと勘違いし子宮頸がんの発見が遅れて手術をしてその後がんの転移はありません
しかし医師でも患者当事者でもありません
統合失調症についても患者の家族の対処についても書きません
それは
妻の病状は罹患したとき非定型抗精神病薬が出始めた頃だったのに
近年の患者さんと比べたら症状はよくありません
かつてネットに書いて他の妻と同じ患者さんの意見を聞こうとしたことがあります
「こんな重い症状のことなんか聞きたくないよ」と言うのが妻と同じ患者さんのネットでの返事でした
(ある方は「お前の嫁はお前のせいで症状が酷くなったんだ」と言いました)
あれから20年ほど過ぎますが
なので妻の疾患に付いては何も書きません
家族の対処だの何だのもです
ブログテーマ「詩のようなもの」で
妻との他愛のないやり取りは書きます
妻と逢うのは妻の病棟の面会室ですが
(まあブログテーマ「疒・双極性障害」を書きますけど)
高村光太郎が奥様の疾患に付いて綴り始めたのは奥様が亡くなってからです
(奥様が何処に入院しているのかも知られていたのでしょう)
追記:最初の精神疾患の薬であるクロルプロマジンが発見されたのは20世紀の丁度真ん中で高村光太郎の奥様が亡くなったあとです
ただ患者の家族であり自分も別の疾患であることを
今回ここに記載しようと思い立った訳です
ブログテーマ「詩のようなもの」では
妻の疾患名は書きません
極稀に詩のようなものに高村光太郎の詩のタイトルを織り交ぜているのがあります(詩集のタイトルは書きません)その詩だけを連想してもらいたいだけです
もともと妻も同じ双極性障害(Ⅱ型ですが)の診断だったのです軽度の統合失調感情障害(躁うつ状態(陽性陰性ではありません)のある統合失調症で治療すれば躁うつ状態は収まり統合失調症になります)だったのかもしれません
結婚してしばらくして薬の服薬を黙って止めてしまい
それは
私の「おいおい主治医と相談して減薬して妊娠に付いて考えよう」を
妻が違う意味に受け取ってしまったのです
*追記0*
妻に私はあふれるほどの愛で愛されていました
それに私は応えられているのか?
*追記0終わり*
それ以来退院しても私の前だと服薬を止めてしまうのです
退院できない理由のひとつです
*追記1*
妻は女性のレジデントに妊娠していると嘘を言い慌てたレジデントも処方を中止してしまったのです
それに私は気付かず妻の診断名が統合失調症に代わってしまい入院しました
私はレジデントに話がしたかった私は病院がそのレジデントに会わせてくれないので少し苛立ってしまいましたなので病院もさらにレジテトに会わせてくれません
レジデントがまだ若いこと女性であることわからなくもないこと何より妻が嘘を言ったことこれから気が付く医師になって欲しい(書けば書くほど病院が私をレジデントに会わせたくない気持ちがわかって来ました)
レジデントはこの大学病院から去って行きました
よその大学病院でレジデントを続けてさらに患者と患者の家族の気持ちがわかる医師になっていることを期待しています
過去の話を今あったことのように書いてしまいましたもうとっくにそういう医師になっているでしょう
*追記1終わり*
*追記2*
退院しても私の前だと服薬を止めてしまう妻はどうなったか?
退院してうちに帰った妻は服薬を止めて訳が分からなくなって飲み残した薬を一度に飲んでしまい昏睡状態になりました
ある日いつものように私が妻の代わりに受診し妻の状態を妻の主治医に話し対処を聞き処方箋を書いてもらい薬局で調剤してもらいうちへ帰ったとき
この段落で一つ前の通院の話を書きます
私は妻の主治医と相談し飲み薬をジュースなどに入れて服用することも出来る内容液に変えてもらっていたのですが妻と一緒に内容液の入ったジュースを一緒に飲もうとしましたが飲んだのは私だけでした
!今思うと月に一度注射で投与するだけで済ませられるデポ剤にすればよかったと思います今はもっとよいデポ剤があります!(妻の主治医は私にどう期待していたのか今となってはわかりません)
妻は私が出かけたすぐ後に薬を一度に飲んでしまいこんこんと眠りに落ちていました
オーバー・ドーズして3時間以上経過している胃洗浄は間に合わない
私は119番に電話し経緯を話し救急隊を呼びました
ICUでの処置ができるわけでもなく仕方なくHCU(ハイケアユニット)で妻は対処的な治療を受け一晩かけて助かりました
そのまま再入院です自殺と見なされると保険は効きません私では健康保険組合に電話してもらちが明かず病院から直接電話してもらい健康保険が効きました
妻が薬を服薬しなかった気持ちは痛いほど分かります子宮頸がんで子宮を全摘手術したあとなのですが
手術を受けるために退院できるくらい状態が改善するよう病院も最善を尽くしましたし私も毎日面会に行きました手術の出来る立川の病院に転院しており私は妻の前以外では気がどうかしており三鷹から普通乗車券で目の間に停車した特急かいじに何度か乗りました特急では次の停車駅が立川なのです別にほんの少し早く着いても妻がよくなる訳ではありません
それでも子供が欲しい気持ちが妻にあったのですこれは病気でわけがわからなかなったのとは少し違うと思います
そんな妻と子宮全摘手術の前はコンドームを着け術後は着けないでセックスをしていた私は性的DVだと罵られても仕方ありませんそうなのか今も自問自答してしまいます
そもそもここに書いたこと精神的DVなのかもも
夜更けに起きこんなことを今書かなきゃいけないのかとこの追記を書く意味は何なんだと思いながら書いていたら朝になってしまいました
これを書いてまとめないと妻に逢う資格が無いと思い込み始めてしまいました
ちゃんと寝ていないのだから眠ってから読み直して推敲してだと思いますが
朝の今ブログに上げます2019-05-17
*追記2終わり*
*追記3*
今ではこのような薬を服薬しても
もともと服薬しなくても奇形児が生まれる確率は低く
妊娠初期にこの薬を服用して増える率を掛けても確率は低いことには変わりはないと言う考えが主流に成りつつあります
しかし主治医とよく相談しベネフィットを考え会ってくださいね
出生前診断に付いても考慮してください(臨んで妊娠を選んだのだから関係ないではないでしょう)
*追記3終わり*
私と電話友達のままで結婚しなければ統合失調症を罹患していません
単なるライフイベントで因子があったところに罹患したので家族は自分を責めるのは患者にも良くないと家族勉強会で学びました
FacebookやTweetに追記(ブログにも)
そうだITバブル崩壊で割増の退職金やら貰って
知っている業種の銘柄株が底値で
そこから2007年まで株をメインに資産運用して
2007年に一旦株を全て売却し
2008年リーマン・ブラザーズ破綻前に
仕事辞めて障害者年金級数変更申請して
分譲マンション売却の約束も立て
2009年賃貸に引越
また株価底値から
追記終わり
#統合失調症 #患者の家族 #家族も精神疾患 #精神疾患の家族 #精神疾患の夫婦