昭和の真っ只中に生まれ育った私たち世代は、戦争はまだ近い過去だった。今思えば。

親の世代から時々戦争体験を聞いては「戦争を知らない子供たち」を高らかに歌っていた。

 

藤山一郎や笠置シズ子はもう昭和の懐メロになり、新しい昭和歌謡が生まれ、御三家から新御三家に代わった。

明るく元気なことが当たり前になっていた昭和。

 

「時間ですよ」から「寺内貫太郎一家」そして「ムー」まで、コメディーホームドラマに夢中になっていた。

考えてみたら、銭湯や足袋屋、そして寺貫(寺内貫太郎一家)の石屋という職業が舞台なんて、これぞ「ザ・昭和」だ。

番組の最後には、決まって屋根の上でギターを弾きながら歌う。

放送が終わると自分の部屋に戻り、屋根に上がれない私は出窓に腰掛けて歌っていた。

もちろん口パクで。

あの喧嘩のシーンもポスターに向かって叫ぶシーンも、お化けのロック(ムー)の振り付けも「かねタです」の言い直しも、いつも学校で話題になっていたドンピシャ思春期の頃。

 

母子2人暮らしの私には、あの大家族が羨ましかった。

今はもう一人の暮らしに慣れすぎたせいか、人の多い生活が煩わしくなってしまったが。

 

 

70代で亡くなった女優さんは親世代の昭和のスター。

それでもまだ若いと思うのに、還暦過ぎて間もないスターの死は尚更悔やまれる。

 

自分の青春を語る時には外せない、あの頃の彼ら。

私はヒロミ派だったけど、悲しみにくれないのはそのせいじゃなく、まだ半分信じられないから。

そしてもっと深い部分で、いろんな意味の喪失感があるからに違いない。

 

ご冥福をお祈りします。