去年は暮れになってしまったけど、もう一つの新年恒例もの。
私は習い事が苦手なようだ。
子供の頃は、経済的にそのほうが母にとって好都合ではあったと、あとになって思ったりする。
小学生の夏休み、ある年は水泳を習ったり、またある年は絵画だったり。合唱もやったことがあった。
しかしどれもひと夏。
同じ町内の酒屋の娘さん、“アサギのお姉ちゃん”に少しだけピアノを習ったことがある。
お姉ちゃんがピアノをやっている、というだけで無理やり教えてもらったので、「○○教室」などという看板はどこにもない。
彼女も全くの趣味。
お向かいの同い年のYo子ちゃんと習いだしたものの、バイエルの10番ぐらいまでしか記憶にない。
そんな程度だ。
だが、書道だけは続いた。
小学3年から卒業するまでの4年間、徒歩2分ほどの書道教室に通い続けた。
字を書く楽しさ以上のお楽しみがあったから。
親の目の届かない場所にいる嬉しさ。
(帰りが遅いと、時々覗きに来ていたが)
待合室には、家では見られない少年マンガが読み放題。
墨を磨っている間もマンガは読める。
ちょっと書いて先生にチェックしてもらって、目当てのマンガを読み終えたら帰る。
そんな日曜日を過ごしていた。
その私がン十年ぶりに墨の香りを嗅いだのは4年前。
手始めに安物の書道セットを買ってみた。
でも一人で筆を持つのは、チョット勇気が要る。
そこで吉祥寺の行きつけの飲み屋に寄り、酔いも回った頃に「ジャジャ~~~ン!」と出してみたら、マスターを始め、意外にも何人か食いついた。

店の隅にセッティングしてると、酔った勢いで思いついた言葉や意味不明の文、ウケ狙いの言葉を書いては立ち去り、また別の誰かが座り、書き始める。
みんな結構好きなんだなー。
この店がフローリングでよかった。
また習おうとは思わないけど、年に一度の書初めなら気が楽。
この年から行書体に挑戦。
「目標!」なんて、そんな大そうなものじゃない。
お正月、アルコール浸けの頭で思いついたまま筆を運ぶ。
それは、今年の書を見ればお分かりだろう。
トマト・・・私の好きな食べ物。
伊心伝心・・・イタリアを思う心とそれを伝えたい心。もちろん私の造語だ。
勃・・・これは今年は失敗!
来年またチャレンジだわ。
私の思う「勃」が書けるまで。
墨を磨る時は心が「静」(または「無」)になり、いざ筆を運び始めると、それは「動」のリズムに変わる。
流れるように、力強く跳ねるように・・・白い紙の上をステップする。
そしてリズミカルなほど、ブレスの場所も自然と決まってくる。無駄のない場所に。
歌っているようでもあり、
踊っているようでもあり、
絵を描いているようでもあり・・・
そんな魅力に、最近気づいた。
私が再開したいと思った理由かもしれない。


