マスク着用が法的に義務付けられていない日本において、公立小中学校や公立高校で、マスク着用を強制する学校管理者が後を絶たず、相談を受けることもしばしば。そこで、この問題について法的見地から考察してみた。学校との対応にお悩みの方は是非プリントするなどして活用してください。

 

1.【法令上の根拠】

・欧米など他の先進国においては、マスク着用を国民に求める場合、大統領令[1]や法[2]に基づくものであり、裏付けとなる法的義務が存在する。

 

一方で、我が国においては、マスク着用を義務付ける法、政令、条例などは存在せず、政府や地方自治体などが行っているマスク着用要請は、はEU諸国、アメリカと異なり、法的な義務では無いこと。政令でも条例でもなく、市民に対し強制力を持たせる根拠はない。

 

2.【マスクについての医学的知見】

・現在、新型コロナウイルス感染症の伝搬様式(感染様式)は、エアロゾル感染とされている[3]

エアロゾルの大きさは直径0.002~20μm位(多くは1~5μm)の幅があるとされており、一般に市販されている不織布製マスクの目開きは平均5μmであるため、静電気などによりある程度は捕捉されると言われているが、完全に防ぐことはできない[4]

新型コロナウイルスの感染予防にマスク着用が効果があるとした、エビデンスレベルの高いRCT(ランダム化比較試験)は存在しない。

逆にマスクにエアロゾルが付着したままである場合、外側で7日間、内側で4日間検感染力があるウイルスが検出されており[5]、マスク着用が逆に感染を誘発することも懸念されている。

又、マスク着用は、吸気を妨げると共に呼気に含まれる二酸化炭素の排出を妨げるため、息苦しさを着用者に感じさせるものであるが、さらにマスクによる刺激性接触皮膚炎の健康被害が報告されており、厚労省が注意喚起をしている[6]。特に、夏期など気温が上昇する時期には熱中症が懸念されており、厚労省・文科省共に注意を呼びかけている[7]

 

3,【公教育現場でのマスク】

学校長には、所属職員を監督する権限(学校教育法第37条)はあるものの、児童生徒に対しての一般的な管理権を認めた法規は存在しない。

そこで、児童生徒に対し、マスク着用を義務付けることに関連性がありうる法規を念のため検討する。

 

・学校保健安全法第6条に、学校設置者に対し、学校環境衛生基準に照らし、適正を欠く事項があると認めた場合に、設置者に対し、その旨を申し出るものとする、との条項があるが、これは設置者への申し出を認めたものに過ぎず、児童生徒へのマスク義務付けの根拠とはなり得ない。なお、学校環境衛生基準にもマスクに関する規定は設けられていない[8]

・学校教育法第11条に児童生徒への懲戒権が定められているが、これは「教育上必要があると認めるとき」であり、衛生上の問題であるマスク着用についてこの規定に基づく懲戒権の行使はできないものと考えられる。

・学校保健安全法第19条に、感染症に関し、「校長は感染症にかかっている疑いがあり、又はかかるおそれのある児童生徒があるときは、政令で定めるところにあより、出席を停止させることができる」、とした規定がある。しかし、この規定は「感染症に関する出席停止は、感染症予防の緊急性にかんがみ、教育の場、 集団生活の場として望ましい学校環境を維持するとともに、感染症にかかっ た本人に速やかに治療させることにより健康な状態で教育を受けられるよう にするという見地から行われる」ものと解されていることから[9]、感染症に罹患する具体的おそれがある場合に適用されるものである。マスク不着用の一事をもって、その児童生徒が感染症にかかっている疑いやかかるおそれのあるとまではいえず、この規定が適用されるとは解されない。この解釈は、文科省作成の「学校における新型コロナウイルス感染症に関する衛生管理マニュアル〜「学校の新しい生活様式」〜」[10]の「6.出席停止等の取り扱い」に関する記載(同マニュアル45頁)とも整合する。

 

以上によれば、公立小中学校及び公立高校においては、学校長の管理権限に基づきマスク着用を児童生徒に義務付けることは出来ない。

 

4.【衛生管理マニュアル】

文科省策定の「学校における新型コロナウイルス感染症に関する衛生管理マニュアル〜「学校の新しい生活様式」〜」(前出)について、マスクはどのように位置づけられているか、またそのマニュアル自体がなんらかの懲戒権限の根拠となるかについて検討する。

 

1)マニュアルの位置付け

まず最初に、マニュアル自体の位置付けについて、考察する。このマニュアルは、児童生徒に対してなんらかの行動準則を定めたものではない。同マニュアルの「はじめに」に端的に「「新型コロナウイルス感染症に対応した持続的な学校運営のためのガイドライン」において、持続的な学校運営の指針を示ししました。本マニュアルについては、同ガイドラインの考え方に基づき、学校の衛生管理に関するより具体的な事項について学校の参考となるよう作成したもの」とされているとおり、学校もしくは教職員に対し、施設の管理上、留意することが必要と文科省が考えるものについて学校運営の指針の参考とするよう作成されものである。

したがって、児童生徒がこれにより公教育の場においてなんらかの義務を負うものではない。

 

2)新型コロナウイルス感染症と児童生徒

次に、マニュアルにおいて、新型コロナウイルス感染症はどのように捉えられ、そしてこれに対する感染対策としてのマスク着用はどのような記載となっているだろうか。

まず、新型コロナウイルス感染症の子供における特徴として、

・小児例は無症状者/軽症者が多いとされていること

・重症者化する人の割合や死亡する人の割合は年齢によって異なり、若者は低い傾向にあること

・一般的にウイルスは変異し、現在主流であるオミクロン株は、デルタ株よりも感染性が高い可能性はあるものの、入院リスクや重症化リスクは低い可能性があること

とされている(11頁)。

 

3)マスクに関する記載―その1・総論

  そして、マスクについては次の記載がなされている。

「具体的には、「3つの密(密閉・密集・密接)」を避ける、「人との間隔が十分とれない場合のマスクの着用」及び「手洗いなどの手指衛生」など基本的な感染対策を継続する「新しい生活様式」を導入するとともに、地域の感染状況 を踏まえ、学習内容や活動内容を工夫しながら可能な限り、授業や部活動、各種行事等の教育活動を継続し、子供の健やかな学びを保障していくことが必要です。」(13頁)

この記載は重要である。衛生管理上も始めにマスクありき、ではなく「人との間隔が十分とれない場合のマスクの着用」が謳われている。また、「子どもの健やかな学びを保障していくことが必要」とされていることも重要である。

 

4)マスクに関する記載―その2・身体的距離

 では、「「人との間隔が十分とれない場合のマスクの着用」とは具体的にはどのような場合を指すのか。

  これについては、「身体的距離の確保」として以下のとおり示されている。

 

(文科省作成〜「学校の新しい生活様式」~ (2022.4.1 Ver.8) より引用)

 

5)マスクに関する記載-その2・咳エチケット

  そして、マスクに言及した箇所を具体的に摘示すると

 ・咳エチケットに関し、「咳エチケットとは、感染症を他者に感染させないために、咳・くしゃみ をする際、マスクやティッシュ・ハンカチ、袖、肘の内側などを使って、 口や鼻をおさえることです」(28頁)と記載され、咳をする際であってもマスク着用以外の対応が例示されている。

 

 

(文科省作成〜「学校の新しい生活様式」~ (2022.4.1 Ver.8) より引用)

 

6)マスクに関する記載-その3・マスクの着用

 そして、マスクの着用に関する主たる記載が「3.集団感染のリスクへの対応 (3)「密接」の場面への対応(マスクの着用)」」の項目である(40頁)。

最初に注意しなければならないのか、この項目の小見出しが「「密接」の場面への対応」とされているとおり、マスクは「常時着用」が求められているのではなく、「密接」の場面においてのみ着用するとされていることである。

現実には、この点についての理解に欠ける学校現場が多い。

この項目の記載をそのまま引用すれば、



「学校教育活動においては、児童生徒等及び教職員は、身体的距離が十分とれないときはマスクを着用するべきと考えられます。
 ただし、マスクの着用については、学校教育活動の態様や児童生徒等の様子などを踏まえ、以下のとおり臨機応変に対応してください。
1 ) 十分な身体的距離が確保できる場合は、マスクの着用は必要ありません。」(40頁)


とされているのである。つまり、マスク着用は必須ではなく、身体的距離が十分とれないとき」の例外的対策とされている。この前提として、この項目の前に「(2)「密集」の回避(身体的距離の確保) が記されており、そこでは


「「新しい生活様式」では、人との間隔は、できるだけ2メートル(最低1メ ートル)空けることを推奨しています。感染が一旦収束した地域にあっても、 学校は「3つの密」となりやすい場所であることには変わりなく、可能な限り 身体的距離を確保することが重要です。」(38頁)
とされ、以下の図が示されている。



(文科省作成〜「学校の新しい生活様式」~ (2022.4.1 Ver.8) より引用)

 

 つまり、学校現場において学校当局がなすべきは、児童生徒へのマスク着用強制ではなく、上図に示された程度の身体的距離の確保と、換気(「3.集団感染のリスクへの対応 (1)「密閉」の回避(換気の徹底)」として最初に示されているもの)である。

 

6)マスクに関する記載-その4・マスクに関する留意事項

  前号記載のとおり、マニュアルでは、マスク着用は原則ではなく、身体的距離が確保できない場面での例外的対策との位置付けであるが、さらに積極的にマスクを外させなければならない場面についても言及している(40頁)。

「2)気温・湿度や暑さ指数(WBGT) が高い日には、熱中症などの健康被害 が発生するおそれがあるため、マスクを外してください。

3)体育の授業においては、マスクの着用は必要ありません。ただし、十分な身体的距離がとれない状況で、十分な呼吸ができなくなるリスクや 熱中症になるリスクがない場合には、マスクを着用しましょう。 」

また、部活動においても上記「体育の授業における取り扱いに準じること」とされている(55頁)。

 

4.総括

 以上によれば、公立小中学校及び公立高校において、学校管理者が児童生徒に対しマスク着用を義務付ける法的根拠は存在しない。

 また、学校運営の指針を示した文科省のマニュアルに照らしても、その常時着用を児童生徒に促しているものではなく、学校管理者には、①換気、②身体的距離の確保を求めているものである。

一方で、マスク着用が感染予防に資するという医学的根拠は乏しく、また生理的な不快感だけでなく健康障害も生じうるものであることから、その強制は差し控えるべきものである。

仮に、マスク着用を事実上強制し、これを拒否した児童生徒に対しなんらかの不利益処分をなした場合には、その内容により、不利益を受けた児童生徒に民法上の不法行為として慰謝料請求権が生ずる外、憲法13条、憲法26条1項などに抵触するものとして、差し止め請求権の対象となるものと思料される。

学校管理者は、コロナ対策においても、文科省のマニュアルが「子どもの健やかな学びを保障していくことが必要」と述べている趣旨を十分に理解すべきである。

(文責 弁護士 青山 雅幸)

 

 


[1] バイデン米大統領、公共交通機関でのマスク着用義務付けや外国旅行に関する大統領令署名(米国) | ビジネス短信 - ジェトロ (jetro.go.jp)

[2] ドイツにおける防疫措置(各種制限措置の撤廃) | 在デュッセルドルフ日本国総領事館 (emb-japan.go.jp)

[3] 新型コロナウイルスに関するQ&A(一般の方向け)|厚生労働省 (mhlw.go.jp)

2.新型コロナウイルスについて 問い2

[4] 一般社団法人日本バルブ工業会 (j-valve.or.jp)

[5] サージカルマスク表面で最も安定:マスク表面には触らない! 新型コロナ7日後も感染力|NIKKEI STYLE

[6] マスクや除菌剤で健康被害 コロナ禍、厚労省注意喚起 : 日本経済新聞 (nikkei.com)

[7] 厚労省につき「https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_coronanettyuu.html

文科省につき後記4.6)参照

[8] 学校環境衛生管理マニュアル 「学校環境衛生基準」の理論と実践[平成30年度改訂版] (mext.go.jp)

[9] 教育と法Ⅳ(学校の保健安全管理) (nits.go.jp)

[10] 学校における新型コロナウイルス感染症に関する衛生管理マニュアル~「学校の新しい生活様式」~(2022.4.1 Ver.8) (mext.go.jp)

[11] 学校における新型コロナウイルス感染症に関する衛生管理マニュアル~「学校の新しい生活様式」~(2022.4.1 Ver.8) (mext.go.jp)