昔、ニクソンが大統領であった時、超保守派の最高裁判事を次々と任命し、「ニクソンがアメリカにかけた呪い」と評された。アメリカの司法は日本に比べものにならないほど大胆かつ影響力がある。そして、最高裁判事は終身。判事の多数派が保守かリベラルかで国の行く末が大きく変わってしまうからだ。

 

同じような呪いが今も日本を覆っている。「消費税は庶民の敵」という呪いだ。その呪いを紐解くため、日本における消費税導入の経緯を追ってみた。

日本で最初に消費税導入が議論されたのが昭和53年の大平内閣の時。「あーうー」などと揶揄されたが実直な総理で子供心に好感が持てた方であった。今と比べれば驚くほど健全な財政であったが、高齢者人口の増大による社会保障費増大が見え始め、財政赤字やこれを賄うための赤字国債が拡大し始めた時であった(下図は財務省HPより)。

この時は未だ高度経済成長の真っ只中。これから日本がアメリカに追いつこうかというまさに増税の好機であった。ところがこの時社会党などの野党は、「個人消費の抑制を召く」「低所得者ほど負担割合が高くなる」「減税が求められている時期に大衆課税を強化することは、経済政策上適切でない」(国会図書館調査及び立法考査局調べ)と、今と全く同じような主張を並べ反対した。そして、昭和54年選挙で惨敗した大平内閣は消費税導入を断念した。

今思うと、この時導入しないでいつ導入できたというのだろうか?高福祉には高負担が当然付きもの。成熟した議論が行われる欧米であれば通用しない「高福祉、低負担」を恥ずかしげもなく謳った社会党などが大勝したこの時の選挙が、今の日本の運命を決めたと言って良いだろう。

以来、野党は、消費税反対が票になることを覚え、公正かつ建設的な責任政党の立場から遠ざかっていく。大平首相が正々堂々と消費税導入を謳って大敗した反省?を踏まえ、中曽根内閣は間接税を導入しないと公言して選挙に勝ったにも関わらず、姑息にも公約違反の売上税を導入しようとして地方選挙で大敗し、売上税の導入をやはり断念した。そして、平成元年、竹下内閣でようやく消費税が導入されたが、これを強く批判した社会党に直後の選挙で大敗し、当時党首であった土井たか子氏の「山が動いた」という名(迷?)文句が生まれたのであった。今思えば、社会福祉を重視していたはずの社会党が、バブルに向かって経済的余裕があった日本社会において、その財源となるべき消費税にあれほど強く反対したのは選挙目当てのポピュリズムとしか言いようがないが、朝日新聞を始めとするやはりポピュリズム的傾向が戦前より続いていたマスコミがこれを後押しし、正義の味方扱いをして、左派・リベラル派に「消費税は悪」という思想を強く刷り込んでいったのであった。

 

その結果が、先に挙げた図に現れた「ワニの口」である。社会保障費の増大を国債に依存して賄い続けた結果、税収と歳出のバランスが大きく崩れて生じた歪んだグラフであった。

こうなったのはもう一つの原因もある。政府与党が、支持母体である企業への気兼ねから、消費税導入後、法人税率を40→30%に減らしていったのもワニの口を拡げるのに寄与している。

 

さて、野党が「選挙に勝つため」に覚えた、本来両立しない「高福祉、低負担」路線の延長線上にあるのがれいわ新撰組の「貧困層を救うための消費税撤廃」である。普通に考えれば今消費税を撤廃すれば税収に20兆円の大穴が空き、いくら所得税の累進性を強化したり法人税上げをしたとしても圧倒的な税収不足が生じて財政破綻→社会保障破綻を召くのだが、社会党が日本にかけた呪いによって、そんなことはお構いなしという感じで一部の左派リベラル層から熱狂的支持を呼びつつある。

これの煽りを食ったのが立憲民主党。直近の読売新聞の世論調査では支持率が12%から7%に激減し、また、党の若手が山本太郎氏と「消費税撤廃の失敗例」(財政赤字拡大と通貨安)とも考えられるマレーシアに視察に行ったことに対して、枝野氏が「冷笑を浴びせた」として強い批判を受けているという。元々枝野氏は、若い頃から基本はやや右寄りの現実路線。ところが消費税については、選挙を意識せざるを得なかったのであろう、先の参院選では「呪い」に従って増税反対という主張を行ったのだから、そのような批判を受けてしまっている。

本当は、責任野党として、堂々と「日本の現状はEU並みの高福祉。国民負担率が見合っていない。法人税率上げと共に一定の消費増税はやむを得ない」(下図参照。財務省HPより)と主張すればこのような批判を受けることもなかったであろうし、逆に政権を任せるに足る党として、実は圧倒的な多数であるサイレント・マジョリティの信任を得ることもできていたであろう。

 

今の日本に渇望されているのは過去の呪縛から解き放たれ、批判も受け止める堂々たる責任政党たる野党。野田前総理が旧民主党勢力の結集を呼びかけておられる。誠に僭越ではあるが日本の未来を考えた時、太平元総理以来過去にただ2人、堂々と消費増税を呼びかけて選挙に臨まれた野田前総理が、この面においても指導力を発揮されることを切に望むところである。