あたりまえのうらに ありがたさがある
あたりまえのうらにありがたさがあるあたりまえだとか、普通だとか…本当はそんなことはないと思っております。今あたりまえだと思っていることは、自分だけではあたりまえではないということと思えるようになったのはいつなんだろう。あたりまえは、周りに居てくれている方からの恩恵や支えがあってこそ成り立っているのだということなんです。自分が今ここにいるのは親のおかげ、先祖のおかげ、今まで関わった全ての人のおかげなんですよね。そういうことを、普段は頭の片隅に追いやって、あたりまえにここに存在しているかのように振る舞うw。そんなのあたりまえだよとか、普通はこうするよね、ああするよねと言っている人を見ると胸がソワソワするようになりました。いつの間にかに。あたりまえの裏にはたくさんのありがたさがあってこそ。普通も、普通にするためにたくさんの人や知識が関わっているということ。健康な身体はあたりまえではなく、ありがたさの上に成り立っていることをたまには思い出してみるといいんですよね。思い出すタイミングはきっと、痛くなったり不調になった時くらいなのかも知れせんけどね。今日はなんとなく誰かに書いてもらいたいと思ったと同時に、自分でも書いてみたくなったので無印のペンで控えめに書いてみましたw。