すべての伝説はここから始まった | やせ我慢という美学

やせ我慢という美学

夢はきっと叶う ひとつだけきっと叶う
そのために何もかも失ってかまわない
それほどまでの夢なら叶う
一生にひとつだけ
夢はきっと叶う 命も力も愛も
明日でさえも引き換えにして きっと叶う

まさかこんなことになるとはノグチ先生思ってもいなかったんだ。自分がマラソンを走ることになるなんて…。昔から手は速いが足は遅い。


コナミに入会したのも軽く筋トレして、そのあと奥さんに内緒で女の子としゃべったり、軽くエアロビして、そのあと奥さんに内緒で女の子とお茶でもしたり、軽く泳いで、そのあと奥さんに内緒で女の子とメル友になったりするのが目的で、何も好んでシンドイ思いして長距離を走る気などさらさらなかったんだ。
それがコナミで仲良くなった会員が次から次へとマラソンを走り出し、その上、最後まで「おれは絶対走らない」と宣言していた○川氏までいつのまにかコロッと寝返って、走っているやないの。“こいつ裏切りやがったな”ノグチ先生ちょっとムカッときた。もう追い込まれてしまった感いっぱい。

周りはレースの話で毎回盛り上がっているのを聞いて、一人だけその輪に加われない。姿形は男だけど心根が“関西のおばはん”で何にでも いっちょかみしとかないと落ち着かない性格の先生、ついに意を決して言ってしまった「おれもそろそろ走っちゃおかな~」そないもったいぶらんでもええがな、と周りの仲間は思ったが、ペンギンさんはじめ仲間の多くがその勇気を称え歓迎してくれた。(ほめられて、当然ズに乗るのが先生のいいところである)


先生のマラソンデビュー(10km)は2007年5月13日。関西空港第二滑走路オープン記念大会に決まった。「みんなで行こうぜ」と盛り上がるコナミ勢の中にノグチ先生もいた。当日はマイクロバスをチャーターして総勢20名以上で出発。先生を含めてマラソン初参加の人がほとんどで、先生そんな人に「無理のないよう頑張りよ、マラソンは無理が絶対禁物や」と一度も大会に出たことないのに他人へのアドバイスは適格だった。練習でも10kmなど走ったことなかったが、「おれはきっとやれる。だいたい10kmぐらい車で10分や。楽勝、楽勝」

スタート前心配して「大丈夫ですか?」と声をかけてくれた仲間に「おれを誰やと思とんねん、ノグチやでノグチ。持久力は若い頃から徹夜マージャンで鍛えてある・・・」と根拠のない自信がメラメラとみなぎっていた。

ノグチ先生の作戦は前半は抑え気味に行って、後半はさらに抑えていく。残り30mで上げていく・・・うむ、作戦が高度過ぎて一般人には理解できない。


スタートのピストルが響き渡り、一斉に飛び出すランナー。老若男女混じっている。お祭り気分の中、先生も快調にスタート。お年寄りや小学生を見つけては“この人ら最後まで大丈夫かいな?”と心配していた。余裕である。

スタートしてすぐに一緒に走っていた○川氏に「一人で走るから先に行って・・・」と言い、いつもの歩幅の狭い“ノグチ走り”で一人旅を堪能していた。

コナミの他のメンバーは記念撮影したり、雑談しながらゆっくりペースでゴールを目指した。ほとんどのコナミのランナーが1時間前後で戻ってきたが、待てどくらせど、先生の姿はトンと見えなかった。心配したメンバーの一人が携帯にかけても出ない。スワッ、もしかしてこれは・・・拉致?しかし、こんな中年のおっさんを拉致ったところで何のメリットもない、と思った一同はこの線はないと結論付けた。迷子説も飛び出したが、見晴らしの良い一直線の滑走路で迷子になるのは難しい、ということでその線も消えた。とすればUFO、それしかない・・・って誰が思うねん!どんどん制限時間が近付いてきていた。スタート時に先生が心配していたおじいちゃんやおばあちゃんランナーも次々元気にゴールしてきた。小学生ランナーも笑顔でゴールしてきても先生一向に姿が見えない。係員が後片付けを始めようとしていた。それでも戻ってこなかった。

ペンギンさんはじめ、幹事の面々が「みなさん、どうやろ。今日はノグチさんは最初から参加しなかったということにして、ほっといて帰ろうか?」という意見まで出たちょうどその時、霞みの向こうになにやらうごめく物体がひょろりひょろりと近付いてきた。あっ、あれは・・・もしやして、そう男ノグチ、足を引きずって最後の30mのペースアップもなく、ゆっくりゆっくり歩きながらゴール。両膝が地面に着くたび激痛を伴って5km付近から歩いていたそうな。後ろを振り向くと鳩が同じ速さで歩いてついてきていた。ほんと他には誰もいなかった。さすが大物、大トリを務めたんだ。


だいたい、大物は一番最後と決まっている。紅白を考えてほしい。AKB48の前に北島三郎が歌ったりするか?横綱が十両力士より先に相撲とったりするか?遠山の金さんが開始5分で桜吹雪を見せたりするか?遭難した飛行機のパイロットが乗客より先に避難したりするか?しないでしょ。すべてそういうことである。ノグチ先生も下々の者より先にゴールしたい気持ちをその大物さゆえにためらったんだ・・・・・・って、誰がこんな話信じんねん!?


帰りのバスの中、誰も先生に「次も一緒にレース出ましょうね」とは言えなかった。もうノグチ先生はマラソンが大嫌いになって走らないというに違いないと思っていた。その同じ時、先生はおじい、おばあランナーに抜かれた屈辱にうち震えていたんだ。悔しさと情けなさと申し訳なさと苛立ちと腹立たちさといったマイナスの感情をグッと腹の奥にしまいこんで、先生は膝の激痛とたたかいながら最後まで棄権せずにゴールした自分を心の中でほめていた。そしてひそかに心に秘めたる闘志がわいてきた。“次は絶対にやったるぜ”

このファィティングスピリットこそが先生が愛されるゆえんであり、こんにちにおいて「クリープを入れないコーヒー」がそうであるように「ノグチ先生のいないマラソン大会」ほど味気ないものはないと多くのランナーが口をそろえるゆえんである。


今や生きながらにして伝説のようなマラソンランナー、ノグチ先生の第一歩はこうして幕を閉じ、次へと進み現在へと続いてきた。

次回からは先生の凄さを丹念に見ていきたい・・・って誰が興味あんねん。