私の一般質問より。

◆厳しさを教える教育について。

 最近は学校の先生方もすっかり優しくなった。

 その成果について疑問視され新聞紙上にも取り上げられた「あだな禁止」や男子も女子も「さん」づけにするなど、とても気を使いながら教壇に立たれている印象を持っている。

 我々が育った昭和の時代のゲンコツやビンタ、缶ペン筆箱(ふでばこ)で頭を叩かれたり、チョークを投げつけられる、また廊下に長時間立たされたり正座させられるという行為は、令和の現在決して許されない行為であるという事は、学校教育法 第11条の体罰禁止規定からみても明らかであり理解する。

 ただ、昭和の時代に厳しく先生方に指導された事に関して今でも印象に残り、社会に出てからの様々な困難を乗り越えるたくましさや生きる力を与えてくれた。

 時代は流れ、少子化の中で、学校教育法の順守と子供への人権意識も進み、体罰はほぼ無くなった。

 しかし、学業を終え社会に出た時には厳しい世界が待っており、社会に出てから厳しい現実に対応出来ず、すぐに仕事を辞めてしまったりニートとなって引きこもるなどの事例も見受ける。

 また、学校の先生達が正当防衛以外の有形力を行使出来ないのを良い事に、子供達が先生の言う事を聞かなくとも構わないという雰囲気が醸成されてしまえば、学級崩壊や学校崩壊にも繋がりかねない。

 やはり体罰とは違った形で、一定程度厳しく指導する事はクラスや学校の秩序を守るため、また子供達がたくましく育ち、社会人になってから困難を乗り越えられるために必要だと考える。

 困難を乗り越える力を付けるため、厳しさを教える教育について現在はどのような形で行われているのか教育長に伺う。

 あわせて、あの真夏の炎天下で行われた厳しい知事選挙を不屈の精神で乗り越えた大野知事は、困難を乗り越える力を付けるため、厳しさを教える教育の必要性についてどのような考えをお持ちになっているのか、御所見を伺う。

▼教育長答弁

 社会の変化が更に激しさを増し、複雑で予測困難となっている中、児童生徒が未来を生き抜くには、学校教育の中で困難を乗り越える力を身に付けていくことが大切だと考えている。

 児童生徒は、挫折感や悔しい思いから立ち直り、他の児童生徒と助け合いながら困難を克服するときにこそ、大きく成長するのではないかと思う。

 そのためには、児童生徒が目の前の壁を乗り越える経験を少しずつ積み重ねることで自信を持たせることが大切であり、教員には、そのような場面において、温かさの中にも厳しさを持って指導に当たってほしいと考えている。

 学校においては様々な教育活動を通して、困難を乗り越える力の育成に取り組み、例えば、部活動や体育祭などでは、厳しい練習を経て、集団として団結する力や困難を乗り越える力を育んでいる。

 また、職業体験や、社会で活躍する卒業生などの講演会を通して、社会の厳しさを学び、安易に諦めず、最後まで粘り強くやり抜く力を育むよう取り組んでいる。

 いかなる時代でも、児童生徒との信頼関係を築きながら、温かさと厳しさの両面を持って指導することの大切さは変わらないと考えている。

 今後とも、教員一人一人が児童生徒との厚い信頼関係のもとで、深い愛情を注ぎながら、時に厳しく、心に響く教育が行われるよう取り組んでいく。

▼大野知事答弁

 私は、子供たちが変化の激しい社会を生き抜く力を育むためには、壁にぶつかり、失敗したとしても、目標達成に向けて強く取り組んだり、諦めずにチャレンジすることが重要と考えている。

 その際、時には教師が厳しく指導することも必要である。

 たとえ、教師が子供たちを厳しく指導したとしても、子供たちがその意味を理解することが出来るように信頼関係を築いてあれば、あるいはその指導が成功体験に結び付くのであれば、それは、子供たちにとってかけがえのない経験になると思う。

 教育委員会には、優れた指導力と使命感を持つ教師を育成し、子供たちが困難を乗り越える力を身に付けられるような教育を行っていただきたいと考えている。