思い込みは大恥のもと | 社労士のたまご 

思い込みは大恥のもと

生兵法は大怪我の元、といいますが、思い込みは大恥のもと、です。

昨年末、思い込みによる赤っ恥をかきました。

いまさら当たり前の話ですが、日本には様々な宗旨があるんですよねえ。

上方落語の「地獄八景亡者の戯れ」にも、亡者が閻魔様のお裁きを受けるときに娑婆での罪を少しでも軽くするために、事前にお店でお念仏を購入するくだりがあります。

どこの店で買ぉても一緒ですか?いやそら宗旨宗旨で店が違うねん。はぁ、わたしは門徒でんねんけど。あぁ、浄土とか一向とか「なんまんだぶつ」の方やな。見てみなはれほら、あそこに本願寺さんの屋根みたいなもんが見えてまっしゃろ「南無阿弥陀仏屋」といぅ看板が上がってます。あそこ行ったらよろし。わて、日蓮さん。日蓮宗はその筋向かい、ヒゲで跳ねたような看板が出てまっしゃろがな「南妙法蓮華経屋」向こうで買ぉたらよろしねん。わて、真言宗。真言宗はその向こうの建てもん「オンアボキャ~ベ~ロシャノ~マカボダラマニハンドマジンバラハラバリタ屋」と書いてある、向こう行きなはれ。わたい天理教でんねん。天理さんはこっち側に「悪しきを払ろうて助け給え天理教のみこと屋」ちゅうのがあります。わしはキリスト教。キリスト教はその向こうの洋館建てで「アーメン商会」と書いてある。なるほどなぁ、いろんなんがありまっせ、見てみなはれ「創価学会」やとか「霊友会」やとか……。おッ、いま花火がポンポ~ンッと上がりましたなぁ。あら「PL教団」や。いろいろとあるんやなぁ。

ここからが、赤っ恥の話しになります。

昨年末に喪中のはがきが何通か送られてきました。その中に、大学の先輩からの一枚も含まれていました。その方の親御さんは、京都にいらっしゃる私の仲人さんなのです。ご主人が昨年の10月に亡くなったそうです。

恐らくは、家族葬かなにかで、しめやかに葬儀を行われたのでしょう。全く知りませんでした。

長らくご無礼をしていたので、帰省したときにはすぐにご挨拶にお伺いしてお線香を上げさせていただかないと、と家庭内で話をしていました。

そこで、すぐにお線香をと考えたのがそもそもの赤っ恥の発端でした。

ご仏前のお供えと線香を用意して、年末にご挨拶にお伺いしました。

ご挨拶の後、奥様が仏壇のろうそくを点け、「うちは神道なんですよ。まもなく100日祭だけど、1年間はこちらの仏壇にお祭りして、1年後に隣の仏壇に移ってもらうんよ。」と説明してもらいました。この時点で全く気がつかず。仏壇の前に座って線香を眼で追って探すも、線香立てそのものがない!!為すすべなく、そのまま手を合わせてお参りし、その後は奥様と懐かしい話に花を咲かせました。

お暇してから道を歩きながら、「あー!」、漸く気づきました。帰宅して早速調べてみると、神道では焼香や線香は使わず、玉串奉奠(たまぐしほうてん)なんだそうです。そう言えば、お宅に入った時に、線香の匂いがしていなかったわけだ。持参したお線香は全く無意味なものとなってしまいました。ご仏前は、先方に対しても、失礼な行為でした。

思い込みを捨て、ちゃんと確認しないと赤っ恥の元ですね。

先だって、私の元上司がお亡くなりになりました。こちらも家族葬を終えられてから知ることとなりました。そのため、近日中にお線香を上げさせてもらいにお邪魔します。

今度は事前にちゃんと確認しておかなくっちゃ。


儀礼・マナーについて無学浅識の私の「聞くは一時の恥、聞かぬは末代の恥」の巻でした。

京都を発って、埼玉への道中にて



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